引っ越し先の庭にあった一本の木に、ある朝から紐が結ばれていた。最初は一本だったそれが、気づくたびに形を変え、やがて語り手は「誰かが何かを数えている」のではなく、「何かが自分を数えている」ことに気づく。
引っ越しをしたのは、三十二歳の秋のことだった。
転職と同時に、県境に近い小さな町へ移ることになった。新居は一軒家の賃貸で、庭つきというのが決め手だった。特に植物が好きというわけでもないが、ずっとマンション暮らしだったこともあって、「庭があると落ち着く気がする」という漠然とした憧れがあった。
内見のとき、不動産屋の担当者が「前の方も長く住まれていましたよ」と言った。十年以上、同じ家族が暮らしていたらしい。それがなんとなく、いい印象を持った理由のひとつだった。長く住める家は、住みやすい家だと思っていたから。
庭には、木が一本だけあった。
種類はよくわからない。幹がまっすぐで、葉は小さくて細く、秋口だったのですでにいくらか色づき始めていた。高さは自分の肩くらい。手入れされているのかいないのか判断がつかない、中途半端な印象の木だった。
入居した最初の週は、何かと忙しくて庭にはほとんど出なかった。荷物の整理や、近くの店で日用品を揃えたり、新しい職場への道順を確認したりと、慌ただしい毎日が続いた。庭のことを意識したのは、入居して八日目の朝だったと思う。
台所の窓から外を見たら、その木に何かが結んであるのに気づいた。
最初は、落ち葉か何かが風で引っかかったのかと思った。でも目を凝らすと、それは細い紐だった。白に近いベージュ色の、平凡な紐。幹の中ほど、ちょうど自分の腰くらいの高さに、一本だけ結んであった。
そのときは特に気にしなかった。前の住人が何かを吊るしていたのが残ったか、あるいは自分が気づかなかっただけで入居前からあったものかと思った。ともかく、荷ほどきの途中だったので、庭に出てまで確認する気にはなれなかった。
翌朝、また窓から庭を見た。
紐は二本になっていた。
最初の一本の、少し上に、もう一本が結ばれていた。それに気づいた瞬間、一瞬だけ背筋が寒くなった。でも、すぐに自分を落ち着かせた。気のせいかもしれない。昨日はちゃんと見ていなかっただけで、最初から二本あったのかもしれない。
庭に出て、近くで確認した。紐はどちらもきれいに結んであった。くるっと一周させて、蝶々結びでも棒結びでもない、なんとなく見慣れない結び方で固定されていた。引っ張ってみると、しっかりしていた。新しく結んだばかりのような、繊維のほつれもなかった。
誰かが入ってきたのか、と思ったが、庭は二方向を塀で、残りをフェンスで囲まれていて、外から容易に入れる構造ではなかった。裏手の塀は隣家との境界で、高さが二メートル近くある。乗り越えようとすれば、それなりの痕跡が残りそうなものだった。
でも、土に足跡のようなものは見当たらなかった。
その週は、毎朝、窓から木を確認するようになった。月曜の朝は二本のまま変わりなかった。火曜の朝も同じ。それで少し安心した。自分の思い違いだったのかもしれないと思い始めていた。
水曜の朝、三本になっていた。
三本目は、最初の二本の下に、今度は根元に近い位置に結んであった。上から一本、中に一本、下に一本。幹に対して等間隔というわけでもなく、微妙にバランスがばらばらな位置に、それぞれ結んであった。
その日の昼休みに、職場の同僚に話してみた。笑い話のつもりで、「引っ越し先の庭の木に、誰かが勝手に紐を結んでいくんですよ」と言ったら、相手は「隣の人じゃないですか、よくあるご近所トラブルですよ」と軽く返してきた。確かにそうかもしれないと思った。隣家の誰かが、何かの理由で敷地に入ってきているのかもしれない。
翌日の朝、四本目が加わっていた。
今度は、これまでと違う位置だった。一番上よりもさらに高い、自分の目線近くのあたりに結んであった。そして、その紐だけ色が違った。白ではなく、薄いグレーに近い色。素材も少し違う感じがした。
隣に挨拶に行ったのは、その夜のことだ。左隣の家は年配の夫婦が住んでいて、出てきた奥さんは愛想のいい人だった。庭の話をすると、奥さんはきょとんとした顔をした。
「うちはそんなことしてません。ていうか、塀が高いでしょう、入れませんよ」
嘘をついているような様子ではなかった。むしろ少し心配そうに、「それ、前の人たちが何かやっていたのかもしれませんね」と言った。
前の住人、というワードが頭に引っかかった。
不動産屋に電話して、前の住人について聞いてみた。担当者は最初、個人情報があるので詳しくはお伝えできないと言ったが、少し話を続けると、「一家四人でお住まいでした、ご主人の転勤で引っ越されたと聞いています」とだけ教えてくれた。そのあと、少し間を置いて、「何かご不便がありましたか」と聞いてきた。
木に紐が増えているとは、さすがに言えなかった。
次の朝、五本になっていた。
そしてその日から、変化が出始めた。紐の位置が、変わっていたのだ。増えたのではなく、それまで結んであった場所から、それぞれがほんの少し上に移動しているように見えた。気のせいかと思って、スマートフォンで写真を撮った。
翌朝、見比べた。
確かに動いていた。それぞれの紐が、前日の写真と比べて、明らかに位置が違う。数センチ、あるいは五センチ以上、全部が一様に上へ移動していた。
紐が増えるのと、紐が動くのとでは、自分の中での怖さがまったく違った。増えるのはまだ、誰かが来て結んでいると説明がつく。でも動くというのは、どういうことなのか。木が成長して持ち上がっているのか、と思ったが、それにしては速すぎる。植物の成長速度ではない。
その夜、庭に出て懐中電灯で幹を照らしてみた。紐の一本一本を、手で触った。
そのとき気づいたことがある。
紐の結び方が、全部同じだった。昨日と一昨日とで増えた紐も、最初の一本も、全部まったく同じ結び方で固定されていた。見慣れない独特の結び方。人差し指の第一関節くらいの幅で、縦に二回、横に一回通してから締める、ようなやり方。どこかで見た気もするが、名前が出てこない。
翌朝から、数え方が変わった。
紐が何本あるか、ではなく、自分が引っ越してから何日経つか、を毎朝確認するようになった。それが何になるのかはわからなかったが、なぜか、その二つを並べて記録しておかなければいけない気がした。
引っ越して二十二日目の朝、紐は八本になっていた。
そして、それ以上は増えなかった。
二十三日目も、八本。二十四日目も、八本。一週間経っても、八本のまま変わらなかった。紐の位置も、もう動いていなかった。何もかもが止まったみたいに、木はただそこに立っていた。
止まったことで、怖さが薄れるはずだった。でも実際には逆で、むしろ落ち着かなかった。何かが完了した、という感覚があったからだと思う。数えていたものが、数え終わった。
八という数字に意味があるのかどうか、調べてみたが、これというものは出てこなかった。
前の住人が四人家族だったという話を思い出した。四人で、八日間。それが何を意味するのかは、わからない。わからないまま、今日もその木は庭に立っている。
紐は全部で八本、今もそのまま結ばれている。
外すことができない、というわけじゃない。手を伸ばせば取れる。でも、なぜか外す気になれない。外したほうがいい気もするし、外してはいけない気もする。
ただひとつだけ、最近になって気になっていることがある。
紐の結び目の向きが、少しずつ変わっている気がする。最初は幹の南側を向いていたはずの結び目が、今は北を向いている。写真で確認しようとしたのだが、最初のころの写真では、角度が悪くて結び目の向きまでは写っていなかった。
だから、これが自分の思い違いなのか、本当に動いているのか、確かめる方法がない。
今朝も、台所の窓から庭を見た。
木はそこにあって、八本の紐が風にわずかに揺れていた。
数は変わっていない。
まだ、変わっていない。

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