深夜のコンビニで受け取った、宛名のない手紙。実家に帰省した夜、私の留守番電話には、誰も録音していないはずのメッセージが残っていた。
これを書こうと決めたのは、あれから三週間ほど経ってからのことだ。
すぐには書けなかった。頭の中で何度も整理しようとしたけれど、どうしてもうまくまとまらなくて、結局こうしてブログに吐き出すことにした。読んでくれる人がいるとしたら、ただの偶然だと思って読み流してほしい。でも、もし心当たりがある人がいたとしたら、それはちょっと怖いことだと思う。
実家に帰ったのは、九月の終わりだった。
盆にも正月にも帰れなかったし、母から「庭の木の剪定を手伝ってほしい」と頼まれていた。庭木の世話は毎年父がやっていたけれど、父が膝を悪くしてからは誰も手をつけられていないらしい。私は一人暮らしをしている関係で、園芸道具の使い方くらいは覚えていた。だから、長い休みを利用して一週間ほど帰ることにした。
実家は、県境の町にある。
都市部からすると、深夜になると本当に何もなくなる場所だ。コンビニが一軒、駅前のスーパーが一軒、それくらいしかない。夜十時を過ぎると人通りもほとんどなくなって、静かというより、音が消えるという感じがする。
帰省してから三日目の夜のことだ。
深夜の一時半を過ぎたころ、眠れなくて布団から起き上がった。実家の寝室は懐かしいようで妙に落ち着かなくて、昔から帰省したときは必ず最初の数日は眠れない。スマホをいじっていたけれど、目が疲れてきたので、気分転換に近くのコンビニへ行くことにした。温かい飲み物でも買って帰れば眠れるかな、と思って。
外に出ると、思ったより涼しかった。
九月の終わりだから当然といえば当然なのだけど、都市部で過ごしていると夜でも熱気が残っていて、夜の冷たさに少し驚いた。コンビニまでは歩いて十分もかからない。街灯の間隔が広くて、歩きながら空を見上げると星がよく見えた。
コンビニに入ったのは、一時五十分ごろだった。
後でスマホの履歴を見て確認したから、時刻ははっきりしている。店内は私のほかに客がいなくて、レジには若い男性のアルバイトらしき人が一人いるだけだった。飲み物を選んで、チョコレートをひとつ、それからホットのコーヒーを買った。
問題は、レジを通したあとのことだ。
店員の男性が、私に向かってこう言った。
「こちら、預かっていたものです」
そう言いながら、カウンターの下から封筒を取り出した。白い、普通のA4の封筒だった。
「預かっていた?」
私は意味がわからなくて聞き返した。
「はい。こちらをお渡しするように言われていたので」
店員の男性は、にこりともせず答えた。
「誰から?」
「存じません。私がシフトに入る前から、ここに置いてありました。あなた宛です、と書かれていたので」
封筒を受け取って、表を見た。
確かに、封筒の中央に手書きで「あなた宛です」と書かれていた。私の名前でも、実家の住所でもない。ただ、「あなた宛です」とだけ。
宛名と言えるような情報は、何もなかった。
差出人の名前も、住所も、切手も貼っていない。コンビニの封筒でも何でもない、どこにでも売っているような白い封筒。
「いつから置いてあったか、わかりますか」
私は聞いた。
「引き継ぎノートには、一昨日から、と書いてありました。誰かがレジに持ってきて、女性が取りに来るから渡してほしいと言ったそうです」
一昨日。私が実家に着いた日だ。
私はそのとき、封筒を開ける気にはなれなかった。お礼を言って、コンビニを出た。外の空気が、さっきより冷たく感じた。街灯の下で封筒を持ったまま、しばらく動けなかった。
誰かが、私がここに帰省することを知っていた。
そして、コンビニに封筒を預けた。
心当たりは、まったくなかった。
実家に帰ってから封筒を開けた。中には、便箋が一枚入っていた。罫線のない、白い便箋だった。手書きの文字で、こう書かれていた。
「留守番電話を聞いてください」
それだけだった。他には何も書いていない。差出人の名前もない。
留守番電話。
私のスマホには留守番電話機能はあるけれど、ここ何年も誰かからメッセージが入ったことはない。私自身、外出時は転送してもらうより折り返すほうが好きで、周りの人たちも知っている。
でも、確かめないわけにはいかなかった。
留守番電話を確認する操作をした。アナウンスが流れて、「新しいメッセージが一件あります」と言った。
私は固まった。
新しいメッセージが、一件ある。
再生を押した。
最初の数秒は、何も聞こえなかった。ただ、かすかなノイズのようなものがあった。それから、声が聞こえた。
女性の声だった。
声のトーンはおだやかで、ゆっくりとしゃべっていた。でも、内容がおかしかった。
「毎朝、洗濯物を干しているのを見ています」
それだけだった。
通話はそこで切れていた。録音の時刻は、実家に着いた日の、午前三時十七分。
私がこの実家に到着したのは、その日の夕方だった。
午前三時十七分。私は、この実家にいなかった。
でも、録音はされていた。
翌朝、母に聞いてみた。「最近、変なことなかった?」くらいの言い方で。母は少し首をかしげて、「そういえば、玄関に洗濯物が干してあることがあった」と言った。
「洗濯物?」
「うん、なんか、見覚えのない白いタオルが、表の物干しにかかってたことがあって。でも気づいたら消えてたし、お父さんが干して忘れてたのかと思って」
父に聞いたら、父はそんなものを干した覚えはないと言った。
私はそれ以上、母には話さなかった。
封筒のことも、留守番電話のことも、話せなかった。
残りの帰省期間、特に何か変わったことは起きなかった。声が聞こえるとか、誰かが近くにいる気配があるとか、そういうことはなかった。ただ、毎晩、眠る前にどうしても留守番電話の確認をしてしまった。それ以降、新しいメッセージは届いていない。
帰りの電車の中で、もう一度封筒と便箋を見直した。
手書きの文字をじっと見ていたら、あることに気づいた。
「あなた宛です」と封筒に書かれた文字と、便箋に書かれた「留守番電話を聞いてください」という文字の筆跡が、違った。
封筒を書いたのと、便箋を書いたのは、別の人間だ。
では、どういうことになるのか。
誰かが便箋に「留守番電話を聞いてください」と書いた。その便箋を、別の誰かが封筒に入れて、コンビニに預けた。そして留守番電話には、私がまだ実家にいない時刻に、録音が残されていた。
複数の人間が、関わっているのか。
それとも、別の解釈があるのか。
今でも、わからない。
自分でも何度も考えた。知り合いのいたずら、と思いたかった。でも、私が帰省することを知っていた人は、かなり限られている。職場の上司と、都市部に住む友人数人だけだ。彼女たちのうちの誰かが、わざわざ県境の町のコンビニに封筒を預けて、私の留守番電話に録音を残す理由が、思い浮かばない。
それに、声が。
留守番電話に残っていた、あの女性の声。
「毎朝、洗濯物を干しているのを見ています」
その声を、どこかで聞いたことがある気がして、ずっと引っかかっていた。帰省してから東京に戻るまでの間、ずっと。
家に帰ってきて数日経ったころ、思い出した。
幼いころ、実家のすぐ近くに住んでいた女性の声に、似ていた。
もう亡くなっている人だ。
私が中学生のころに亡くなったから、二十年近く前のことになる。
それが本当にその人の声だったのかどうかは、確かめようがない。記憶は変わるし、人の声は似ることもある。私の思い込みかもしれない。
でも、どうしても頭から離れない。
「毎朝、洗濯物を干しているのを見ています」
あの声は、誰のものだったのか。
誰が、あの封筒をコンビニに預けたのか。
そして、二種類の筆跡は、何を意味するのか。
答えは、まだ出ていない。
これを書いている今も、留守番電話を定期的に確認してしまっている。新しいメッセージはない。ないのだけれど、やめられない。
最後に、一つだけ書いておく。
これを読んでいるあなたの留守番電話に、心当たりのないメッセージが入っていることはないだろうか。着信履歴に、非通知の番号が残っていることは。誰かに「預かっていたものです」と渡されたことは。
もしも、ある、と思ったなら。
どうか、深夜に一人で確認しないでほしい。
私がそう思うのは、理由がある。
あの留守番電話の音声を、もう一度再生したとき、最後のほうにかすかなノイズが混じっていることに気づいた。最初に聞いたときには気づかなかった。
音を大きくして、ゆっくり聞いてみた。
ノイズの中に、別の声が重なっていた。
「あなたも、見ています」
そう、聞こえた。


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