定年を機に県境の山中へ移住した男が、夜ごとダム湖のほとりで自分の名を呼ぶ声を聞くようになった。声は最初、一度きりだった。それが、少しずつ増えていく。
定年退職してから一年ほど経った頃、私は妻と二人で、県境に近い山中の小さな集落へ移り住んだ。
職場の後輩に「早すぎますよ」と笑われたが、私はずっとそういう場所で暮らしたかった。静かで、空気がきれいで、夜になれば星が見える場所。都市部の郊外で三十年以上を過ごしてきた反動だったのかもしれない。妻もどちらかといえば乗り気で、移住の手続きは思いのほかスムーズに進んだ。
物件は、集落の中では比較的新しい部類に入る平屋だった。築二十年ほどで、前の住人は数年前に老衰で亡くなったと聞いた。庭が広く、敷地の南側には手入れの行き届いた庭木が並んでいた。その向こうに、ダム湖が見えた。
ダム湖というのは、この地域に昭和の中頃に造られたもので、底には当時水没した集落がある、と近所の老人から教えてもらった。今はもう、その集落の名前を知っている人間すら少ないらしい。ダム湖の水面は季節によって色が変わり、冬の夕暮れには特に深い藍色になった。景色としては美しかった。ただ、眺めているとどこか落ち着かない気分になるのは、その事実を知っているせいだろうと、最初は思っていた。
問題が起きたのは、移住してから三ヶ月目の、秋の終わりのことだ。
その夜、私はなかなか寝付けずにいた。慣れない土地の静けさが、逆に耳についてしかたなかった。都市部では当たり前だったエアコンの音も、車の通り過ぎる音も、ここにはない。静寂というのは案外、雑音よりも人を落ち着かなくさせるものだと気づいた。
ふと、縁側の方から風が入ってくる気がして、私は布団から出た。サッシの鍵はちゃんとかかっていた。なのに、縁側に立っていると、外からわずかに音が届く。最初は風の音だと思った。木々の揺れる音だと。
ところが、その音がふと途切れた瞬間、はっきりと聞こえた。
私の名前だった。
「…さん」という部分だけが、空気に乗って届いた。苗字でも下の名前でもなく、まるで長年の知り合いが呼ぶような、自然な呼びかけだった。誰かが暗い庭の向こうから、ダム湖の方角から、私の名前を呼んだ。
背中がすっと冷えた。庭に出ようとして、やめた。真夜中に一人で確かめに行くほどの度胸は、還暦を過ぎた私にはない。結局その夜は布団に戻り、眠れないまま朝を迎えた。
翌朝、妻に話すと「夢でも見てたんじゃないの」と言った。半分はそうかもしれないと思い、私もその日は深く考えないようにした。
しかし、次の夜も、声はあった。
今度は布団の中にいるときだった。窓は閉めていたのに、声はガラス越しに滲んでくるように聞こえた。同じ呼びかけ方。同じ音の質。ただ、今回は一度だけではなかった。二度、聞こえた。
三日目は三度。
私はカレンダーの裏に、几帳面にメモを取り始めた。職場時代の習慣で、記録をつけないと気が済まない性分なのだ。日付、時刻、声が聞こえた方角、回数。それだけを書き続けた。
声が聞こえるのは、常に夜だった。早くて午後十一時頃、遅いときは深夜の二時を過ぎることもあった。方角は、ほぼ必ずダム湖の方向。聞こえ方はいつも穏やかで、怒鳴るわけでも、懇願するわけでもない。ただ、名前を呼ぶ。
一週間が経つ頃には、一晩に五度か六度は聞こえるようになっていた。
不思議なのは、妻がまったく気づいていないことだった。同じ部屋で寝ているのに、妻はいつも穏やかに眠っている。私が身じろぎしても起きない。声が聞こえるとき、私だけが目を覚ます。それが余計に、私をざわつかせた。
声は、私だけを呼んでいる。
ある夜、私はとうとう縁側から外に出た。懐中電灯を持ち、スリッパのまま庭に下りた。庭木の向こうに、ダム湖が見えた。水面が月明かりを受けてかすかに光っていた。しん、とした夜だった。声は、すぐそこで聞こえていた。
「……さん」
距離感がおかしかった。声は近いはずなのに、どこにも人の姿はない。懐中電灯で庭木の間を照らしても、誰もいない。湖岸までは少し距離があるが、そちらにも人影はなかった。私はしばらく立ち尽くし、また声がするのを待った。
声はもう一度だけ聞こえて、そのあとは静かになった。
翌日、私は集落の中で最も付き合いのある老人のところへ行った。八十近い、元々この土地で生まれ育ったという人だ。ダム湖の底に沈んだ集落のことを最初に教えてくれた人でもある。
私が「夜、名前を呼ぶ声が聞こえる」と話すと、老人はしばらく黙っていた。驚いた顔ではなく、何かを確かめるように私の顔を見ていた。
「今の家に住んでる間だけですか」と老人は聞いた。
「そうです。移ってから始まりました」と答えた。
老人は少し間を置いて、こう言った。
「あのダム湖が造られるとき、ここの集落の人たちはみんな移住させられた。でも、全員が納得したわけじゃなかった。先祖代々の土地を、ある日突然離れなければならなかったんだから。その中に、移住先で長く生きられなかった人もいた。そういう人たちが、故郷の名前を持っている人間を、まだ探してるのかもしれない」
意味がわからず「私の名前を、ですか」と聞き返すと、老人は苦笑いしながら首を振った。
「あなたの名前じゃなくて、あなたが持ってる何かを見て、自分の知っている誰かだと思い違いをしているのかもしれない。あるいは、ただ、話し相手が欲しいだけかもしれないですよ」
老人の口調はあくまでも穏やかで、怖がらせるようなそれではなかった。「怖いですか」と聞かれたので、「正直、夜中に何度も聞こえると少し堪えます」と答えた。老人は「そうですね」とうなずいて、「一度、ちゃんと返事をしてみましたか」と言った。
「返事、ですか」
「はい。名前を呼ばれたら、こっちも名乗ってみる。私はこういう者です、ここに越してきた者です、って。案外、それで落ち着くこともありますよ」
正直なところ、まともに信じたわけではなかった。ただ、その夜、声が聞こえたとき、私は縁側に立って、ダム湖の方に向かって静かに名乗った。自分の名前と、どこから来てここに移り住んだかを、小声で話した。妻が起きると困るので、ひそひそとした声で。自分でも少し間抜けだとは思いながら。
その夜の声は、二度で止まった。
翌日も、また名乗った。今度は一度で止まった。
その次の夜は、声がしなかった。
三日続けて声がない夜があり、私のメモへの記録が途絶えた。その後も時々聞こえることはあったが、以前のように毎晩続くことはなくなった。今では、月に一度か二度、眠れない夜にふと聞こえる程度になっている。
聞こえると、私は縁側に立って、小声で名乗る。それだけだ。
今でも、声が誰のものかはわからない。聞き違いだったかもしれないし、山間の地形が生む音の反響だったかもしれない。ただ、記録を見返すと、声が増えていったのは確かだし、名乗りを始めてから減ったのも確かだ。
先日、妻が庭木の剪定をしながら「この庭、なんか気に入ってきた」と言っていた。ダム湖の景色も、最近は以前ほど落ち着かない感じがしない。
ただ、夜に窓の外を見るとき、私は今でもほんの少し、耳を澄ませる。
声が聞こえたら、また名乗ろうと思っている。
底に沈んだ集落の誰かが、今も誰かを探しているとしたら、少なくとも私のことは、ちゃんと知っていてほしいから。


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