誰もいない時間帯の映像

これはフィクションです。中規模の印刷会社に勤める男が、職場の防犯カメラ映像に深夜の人影を発見したことをきっかけに、奇妙な出来事が積み重なっていく話です。映像は確かに記録されている。しかし、誰もいないはずだった。

あれが最初に起きたのは、去年の秋のことだった。

俺は県境の町にある中規模の印刷会社で、総務の仕事をしている。従業員は全部で四十人ほどで、大きな会社ではないが、創業から三十年以上続いている地元では老舗の部類に入る会社だ。俺はそこに転職して三年目で、仕事に不満はなかったし、職場の人間関係も悪くなかった。少なくとも、あの映像を見るまでは。

事の発端は、防犯カメラのシステムをクラウド管理に移行する作業だった。それまで社内のローカルサーバーに録画データを保存していたのを、外部のサービスに切り替えることになって、俺がその移行担当を任されたのだ。

作業自体は難しいものではなかった。古い録画データをざっと確認して、保存が必要なものを分類し、不要なものは削除する。それだけだ。防犯カメラは社内に六台あって、入口ロビー、廊下、作業フロア、倉庫、会議室、そして裏口の計六箇所をカバーしていた。

データを一週間分ほど遡って確認していたとき、俺はなんとなく深夜の映像を早送りで流していた。平日の深夜から明け方にかけては、誰かが来ることはまずない。警備は機械警備で、当番の人間が深夜に来ることはほとんどない会社だ。だから、スクラブ再生で飛ばしながら確認していた。

それが先週火曜日、午前二時四十分ごろの映像だった。

倉庫のカメラに、何かが映っていた。

最初は見間違いかと思った。早送りで流していたから、コマが飛んで見えただけかもしれないと。でも巻き戻して、等倍速で再生してみると、はっきりと人の形をした影が、倉庫の棚の間を歩いているのが見えた。

影、というのが正確な表現かどうか分からない。人物の輪郭はある。ただ、映像の画質が古いせいもあって、顔は判別できなかった。背格好からすると成人男性のように見えたが、それ以上のことは言えなかった。

動きは不自然だった。棚と棚の間を、ゆっくりと、まるで何かを探しているように歩き回っている。三分ほどそれが続いて、映像の端に消えていった。

俺はすぐに上司の岸本さんに報告した。岸本さんは総務部長で、防犯カメラの管理責任者でもある。映像を一緒に確認した岸本さんは、眉間に皺を寄せながら「念のため、その週のデータ全部確認してみよう」と言った。

翌日、俺たちは一週間分の深夜映像を全台分確認した。

同じような映像が、他に二件あった。

一件は三日前の倉庫。もう一件は五日前の廊下だった。廊下の映像では、人物は画面の奥からゆっくりと歩いてきて、作業フロアの入口の前で立ち止まり、数十秒そのまま動かないでいた。そして、また奥へ歩いて戻っていった。

「機械警備のログを確認してみる」と岸本さんが言って、その日の午後に確認結果を教えてくれた。警備会社のシステムには、侵入検知のアラートは一件も残っていなかった。センサーも一切反応していない。

つまり、映像には人が映っているのに、警備システム上は誰も入っていないことになっていた。

岸本さんは「カメラかシステムかどちらかに不具合があるのかもしれない」という判断をした。映像に映っているのが本物の侵入者なら、警備センサーが反応するはずだと。だから、映像のノイズか何かだろうと。

俺も最初はそう思おうとした。でも、どうしても引っかかりが消えなかった。廊下のカメラに映った人物が、作業フロアの入口の前で数十秒間静止していたその時間、俺にはどうしても「ただのノイズ」とは思えなかった。何かを待っているか、あるいは聞いているように見えた。

それからしばらく、俺は業務の合間に過去のデータを遡って確認するようになった。本来の移行作業とは別に、自分でひそかに確認していた。

一ヶ月分を遡ったところで、俺は気づいた。

映像に人影が映っているのは、特定の曜日の特定の時間帯に集中していた。火曜と金曜の、深夜二時半から三時の間だ。毎週、必ずその時間帯に、どこかのカメラに映り込んでいた。

しかも、場所が少しずつ変わっていた。最初は倉庫だけだった。それが二ヶ月前からは廊下にも出るようになって、先月からは会議室にも映り始めていた。

まるで、建物の中を少しずつ探索範囲を広げているみたいだった。

俺は気持ちが悪くなって、データをまとめてプリントアウトして岸本さんに見せた。岸本さんは俺が思っていた以上に深刻な顔をして、しばらく黙っていた。それから「警備会社に詳しく調べてもらおう」と言った。

警備会社の担当者が来て、センサーやカメラの点検をしていった。結論は「機器に異常なし」だった。映像は確かにカメラが撮影したものだが、センサーが反応しないのは「映像に映っているのが人間でなければ説明がつく」という、なんとも曖昧な言い方だった。動物や、あるいは映像の乱れで人に見えているだけかもしれないと。

でも俺には、あの廊下の映像が頭から離れなかった。静止している時間が長すぎた。動物がそんな風に、ある一点の前でじっと止まるだろうか。

調査が終わって一週間ほど経ったある日、同僚の早川が昼休みに俺に声をかけてきた。早川は作業フロアのベテランで、うちの会社に十五年以上いる男だ。

「なあ、カメラに何か映ってたって話、本当なのか」

俺は岸本さんに詳しく話を広げるなと言われていたので、「まあ、ちょっとね」と曖昧に答えた。

早川はそれを聞いて、少し声を落として「倉庫だろ」と言った。

俺は思わず固まった。なぜ倉庫だと分かったのかと聞くと、早川はこんなことを話してくれた。

三年前、今の倉庫がある場所を増築する前、そこはただの駐車スペースだったらしい。倉庫を建てる前に地ならしをしていたとき、作業員が何かを掘り当てた。詳しいことは分からないが、古い物が出てきて、当時の社長が神主か誰かを呼んで軽くお払いをしたという話を、古株の社員から聞いたことがあるというのだ。

「当時のことを知ってる人間、今の会社にはほとんど残ってないけどな」

早川はそう言って、それ以上は何も言わなかった。

俺はその夜、家に帰ってからひとりで考えた。

映像に映った人影は、最初は倉庫の棚の間を歩き回っていた。それが月日とともに、廊下へ、会議室へと移動している。まるで、建物の中を一箇所ずつ確かめていくように。

何を確かめているのか。何を探しているのか。

俺には分からない。ただ、一つだけ気になっていることがある。

移動の順番を地図に書き起こしてみると、カメラが映した場所が少しずつ入口ロビーに向かって近づいてきていることに気づいた。倉庫から廊下へ、廊下から会議室へ。次に近いカメラは、作業フロアのカメラだ。そしてその次は、ロビーだ。

今週はまだ映像を確認していない。確認するのが怖くて、後回しにしている。

ただ、昨日の朝、出社したときに妙なことがあった。入口ロビーの受付カウンターに置いてある、来客用のボールペンが一本、カウンターの端に落ちていた。夜に社員が触るはずのない場所だ。掃除の業者が来るのは月水金で、昨日は火曜日だった。

誰かがそこに触れたのか。あるいは、ただ落ちただけなのか。

映像の確認は、今週末にしようと思っている。

した方がいいのか、しない方がいいのか、今でも決めかねている。

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