職場の同僚たちが、同じ夢を見ていた話

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ある地方の小さな事務所で働く私は、同僚たちが口々に「同じ夢を見た」と話すのを聞くようになった。最初は笑い話のつもりだったが、夢の内容が少しずつ、確実に現実へと滲み出してきた。

あれが始まったのは、確か去年の秋のことだったと思う。

私は県境近くの小さな町にある、建設関係の会社に勤めている。事務職で、フロアには十二人ほどの社員がいた。築三十年以上の雑居ビルの三階で、廊下は薄暗く、窓から見える景色は向かいのコンクリート壁だけという、決して環境が良いとは言えない職場だった。それでも居心地は悪くなかった。人間関係は穏やかで、お昼はみんなで給湯室に集まってお茶を飲むような、そういうのんびりした雰囲気の職場だった。

最初に口にしたのは、隣の席の日野さんだった。三十代半ばの、おっとりした雰囲気の女性で、変なことを言うような人では全くなかった。

「なんか昨日、変な夢見てさ」

お昼休みに、どこの雑誌から切り取ったのかわからないようなマンガをめくりながら、日野さんはそう言った。「どんな夢?」と聞くと、彼女は少し考えてから答えた。

「暗い廊下を、ずっと歩いてる夢。どこに続いてるのかわからないんだけど、歩き続けなきゃいけない感じがして。ドアがたくさんあるんだけど、どれも開けちゃいけない気がして、そのまま歩いてたら目が覚めた」

「怖いね」と私は笑った。日野さんも笑いながら、「そうなんだよ、起きてもなんか気分悪くて」と言っていた。

その話はそれで終わったはずだった。

翌週の月曜日、今度は総務の坂井くんが「なんか変な夢見たんすよ」と言い出した。二十代後半の、少し神経質そうな男性で、夢の話をする様子がどこかぎこちなかった。「暗い廊下を歩く夢なんですけど、ドアがたくさんあって」と話し始めたところで、私は手を止めた。

「日野さんと、同じ夢じゃない?」

坂井くんは首をかしげた。「え、そうなんですか。でも夢ってかぶることあるじゃないですか、よく言いますよね」。そう言いながらも、なんとなくばつが悪そうな顔をしていた。

私はそのとき、正直なところ、そこまで深く考えていなかった。夢の内容なんて、暗い廊下とかドアとか、ありふれたモチーフはいくらでもある。人に話せば「似てる」と感じるのも自然なことだと思っていた。

ところが、それから二週間もしないうちに、同じようなことが続いた。

経理の松本さん、五十代のベテランで物静かな人だったが、休憩中に「最近ね、廊下の夢を見るのよ」とぽつりと言った。営業の田中さんも「暗い夢ばかり見る」と顔をしかめた。フロアで七人が、それぞれ別々のタイミングで、似たような夢の話をするようになった。

私がおかしいと思ったのは、夢の細部が少しずつ一致していることに気づいてからだった。

あるとき給湯室で、偶然日野さんと坂井くんと三人になった。何の気なしに夢の話になったとき、私はふと聞いてみた。「廊下の壁、どんな色?」。二人は少し間を置いてから、ほぼ同時に答えた。「薄緑」と。

壁紙の柄についても聞いた。「格子みたいな模様がある」と日野さんが言うと、坂井くんが「あ、そうそう、細かい線が入ってるやつ」と頷いた。床の材質、照明の感じ、ドアノブの形。細かく聞けば聞くほど、二人の言葉は重なっていった。

私はそのときはじめて、背筋が冷えた。

夢というのは主観的なものだ。話せば多少似て聞こえる。でも、壁の色、床材、ドアノブの形まで一致するだろうか。まるで、同じ場所の夢を見ているとしか思えなかった。

私はその週から、少し注意して聞くようにした。さりげなく話を振って、夢の細部を聞き出す。すると、フロアで夢の話をしていた七人のうち五人が、廊下の色、格子模様の壁紙、木製の古いドアノブという描写を持っていた。

そして全員に共通していたのが、「ドアは開けちゃいけない」という感覚だった。誰も最初からそうは言わなかった。でも聞くと「そうそう、そういう感じがした」と言うのだ。夢の中に、明示的なルールがあったわけじゃない。ただ、開けてはいけないという確信が、体に張り付いているようだったと。

私がその話を同僚たちに共有しようとしたとき、松本さんが「でも、みんな夢でしょ」と笑いながら言った。「夢って人に話すと似たように聞こえるもんよ。暗示にかかりやすい人が多いだけじゃない」。それはそうかもしれないと思った。でも、なにかが引っかかって、頭から離れなかった。

転機は十一月に入ったころに訪れた。

日野さんが、珍しく青い顔で出社してきた日があった。私が「どうしたの」と聞くと、彼女は机に荷物を置きながら小声で言った。「昨日の夢で、ドア開けちゃったんだよね」。

私は思わず聞き返した。「え?」「開けたんだよ、ドアを。開けちゃいけない気がしてたのに、なんか手が動いて。ドアを開けたら、暗くて、何も見えなくて。でもなんか、いる気がして。その瞬間に目が覚めた」

日野さんの手が、かすかに震えているのがわかった。

それから三日後、坂井くんも同じことを言った。「ドア、開けました」と。しかもその場所が、廊下の「一番奥のドア」だったと言った。日野さんが開けたのも、一番奥のドアだったという。

私はそのとき、この夢が何らかの順序を持っているのではないかと感じた。全員が同じ廊下を歩いている。同じルールに縛られている。そして一人ずつ、ドアに手をかけている。

私はこのビルのことを少し調べてみた。特別な理由があったわけじゃない。ただ、気になって。築年数、前に入っていたテナント、そういうことを不動産の記録で確認できないか、知り合いのツテを頼って聞いてみた。

わかったのは、このビルが建つ以前、この場所には別の建物があったということだった。木造の古い建物で、昭和中期に取り壊されたらしい。何の施設だったかまでは確認できなかったが、知り合いの知り合いにあたる古い住民の人が「なんか人が集まる場所だったって聞いた」と言っていたらしい。それ以上の詳細は、わからなかった。

その話を誰にもしないまま、年が明けた。

二月の初めのある朝、出社すると、坂井くんが休んでいた。翌日も、翌々日も。一週間後に復帰してきた坂井くんに何があったか聞こうとしたが、彼はあまり話したがらなかった。ただ「最近なんか調子悪くて」とだけ言って、それきりだった。

以来、坂井くんは夢の話をしなくなった。

日野さんも、ある時期から夢の話題を避けるようになった。きっかけが何だったのかは聞けていない。ただ、ある日ランチのあとで、給湯室でふたりきりになったとき、彼女が唐突にこう言った。「ねえ、あの夢さ、もう見ないことにしたんだよね、私」。

「もう見ない、って、どういうこと?」

日野さんは少し間を置いて、窓の外に目をやった。「なんかね、見ないようにできる気がして。寝る前にそう思ったら、見なくなった」。そう言って、何でもないような顔で給湯室を出ていった。

私はその言葉が頭に残った。見ないようにできる、という感覚が、どういう意味なのか。夢をコントロールできる人もいると聞く。でも、彼女の言い方はどこか違った。まるで、見ることを許可しないようにした、というような。

私はあの夢を、今のところ見ていない。

でも正直に言うと、ここ数週間、朝起きたときに妙な感覚がある。どこを歩いていたかは覚えていない。でも、何かを歩いていた気がする、という感覚だけが、薄く残っている。廊下だったかどうか、わからない。ドアがあったかどうか、わからない。

ただ、目が覚めるたびに、「開けなかった」という安堵だけが、なぜかある。

何を開けなかったのか、私にはわからない。夢を覚えていないのだから、そもそも私は何も見ていないはずなのに、その安堵だけが毎朝確かにそこにある。

最近、フロアに新しい人が入ってきた。他の事務所から異動してきた若い女性で、よく笑う、明るい人だ。先週、お昼に「なんか変な夢見て」と言いかけて、隣の先輩社員に話を逸らされていた。

私はそのとき、何も言わなかった。

言えなかった、のかもしれない。

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