毎年、同じ日に届く手紙の話

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毎年同じ日にだけ届く差出人不明の手紙。最初は誰かのいたずらだと思っていたが、六年目に気づいてしまった――手紙の内容が、その年に起きることを先に知っていたことに。

最初の手紙が届いたのは、私が二十六歳の秋だった。

その頃、私は県境の町にある小さな会社で事務をしていて、地元から二駅ほど離れたアパートに一人で住んでいた。特筆することも、不満もない、ごく普通の暮らしをしていたと思う。

十月十四日。その日を覚えているのは、仕事帰りに職場の同僚に誕生日だと言われてケーキをもらったからで、自分でも少し浮かれた気分で帰宅したことを覚えている。郵便受けを開けると、公共料金の明細と一緒に、一通の封筒が入っていた。

封筒は白い、無地のものだった。切手は貼ってあった。消印は読み取れないほど滲んでいた。差出人の欄は空白だった。宛名には私の名前がきちんと書いてあって、住所も正確だった。手書きで、黒いボールペンで、几帳面な字だった。

中には便箋が一枚。そこにこう書いてあった。

「この秋、あなたの右隣の席が空きます。慌てないように」

それだけだった。署名も、追伸も、何もない。

私は最初、同僚の誰かのいたずらだと思った。その日が誕生日だとバレていたし、職場ではちょうど人事の噂が出ていたから、それを絡めた冗談だろうと。翌日、職場でそれとなく聞いてみたが、誰も心当たりがなさそうだった。あまり深く追及するのも気恥ずかしくて、そのまま便箋を引き出しにしまい込んでいた。

ところが十一月の終わり、右隣の席の先輩が急に退職した。寿退社とのことで、私たちには知らせが来たのが当日の朝だった。

そのとき引き出しの手紙を思い出して、少し背筋が寒くなった。でも「たまたまだ」と自分に言い聞かせた。人事の噂は誰でも知っていたし、手紙を書いた人間がたまたま予測を当てただけかもしれない。

翌年の十月十四日にも、手紙は届いた。

封筒の見た目は去年と全く同じだった。白い無地の封筒、滲んだ消印、空白の差出人欄、几帳面な字の宛名。便箋も一枚だけ。

「今年の冬は長くなります。一人でいる時間を、大切にしてください」

意味がよくわからなかった。冬が長い、というのは天気予報の話なのか、それとも何か別のことを指しているのか。大切にしてください、というのがまた妙な言い回しで、励ましとも警告ともとれた。

その冬、私は交際していた人と別れた。別れた理由は相手の転勤で、話し合いの末に遠距離を諦めた形だった。三年近く付き合っていたから、正直かなり堪えた。年末年始を一人で過ごして、窓の外に降る雪を見ながら、あの手紙の文言を何度も思い出した。「一人でいる時間を、大切にしてください」。なんで知っていたんだ、と思った。でもやっぱり、偶然だと思うことにした。

三年目の十月十四日。この頃には私はもう、その日が近づくと妙に落ち着かない気分になっていた。手紙が来るかもしれない、という予感と、来てほしくない、という気持ちが混ざって、郵便受けを開ける手が少し震えていた。

手紙は来ていた。

「職場の外に、もっといい場所があります。怖がらなくていい」

その年の春、私は転職した。転職を考え始めたのは手紙より前のことだったが、踏み出せずにいた。手紙を読んで、背中を押されたような気がして、転職活動を始めた。次の職場は、前より条件も人間関係もずっとよかった。

そのとき初めて、私は手紙を「もらってよかった」と思った。怖いより、ありがたい、という感情が上回った。

四年目も、五年目も、手紙は来た。四年目は「今年、引っ越しを急がないほうがいい」とあって、確かにその年は部屋を変えようと思っていたが諸事情で先延ばしにした結果、翌年に今より条件のいい物件が見つかった。五年目は「古いものを、ひとつ手放すといい」とあって、私は長年使い続けていた祖母の形見の鞄を、思い切って親戚の子に譲った。

差出人は一度もわからなかった。消印を拡大鏡で見ようとしたこともあるし、封筒を光にかざして透かして見たこともある。紙の質感や便箋のメーカーを調べようとしたこともある。でも何一つ手がかりがなかった。

六年目の十月十四日が来たとき、私は三十二歳になっていた。

その年も手紙は届いた。封を切って便箋を広げる。几帳面な字。今年のメッセージはこうだった。

「去年と、おととしを、もう一度見てみてください」

見てみてください。

意味がわからなかった。過去の手紙のことを言っているのだろうか。私は引き出しの奥にしまってあった封筒をすべて取り出した。捨てられなくて、毎年保管していたのだ。

五通の封筒を並べた。便箋を順番に並べた。

気づいたのは、しばらく眺めていたときだった。

去年と、おととし——四年目と五年目の手紙を並べると、文字の雰囲気が少し違う。いや、「違う」という表現が正確かどうかわからない。同じ筆跡なのに、なんというか、筆圧が変わっているような気がした。五年目の手紙のほうが、字が少し細い。力がない、というか。

それだけなら老眼や体調の変化でも説明がつく。

問題は次に気づいたことだった。

五通の消印。ずっと滲んでいて読めないと思っていたのだが、六年目の今年の手紙と並べてみると、消印の「形」が違う。六年分のうち、一年目から四年目までは消印が丸い形をしているのに、五年目と六年目の消印は、よく見ると輪郭が歪んでいる。正確には、消印の円が欠けているのだ。右上の部分が。

それが何を意味するのか、私にはわからなかった。

でも一番おかしいと思ったのは別のことだった。

五年目の手紙。「古いものを、ひとつ手放すといい」と書かれていた手紙。その日のことを私はよく覚えている。鞄を親戚の子に譲ったのが、確か十一月の初めで、手紙を受け取ってから三週間ほど経っていた。

ところがその手紙の便箋の裏——いつも何も書いていないから見ていなかったのだが——に、鉛筆で薄く一行だけ書かれていた。

「ありがとう」

私はそれを六年間、気づかなかった。

背中の毛が逆立つというのはああいうことを言うのだと思う。私は便箋を畳んで、封筒に戻して、引き出しの中にしまった。手が震えていた。

「ありがとう」という言葉が、誰に向けて書かれたのか。

鞄を手放したことへの礼なのか。それとも別の何かへの礼なのか。

あるいは——これを考えたとき、私はしばらく動けなかったのだが——手紙を書いた人間が五年目と六年目の間に、何か変わったのではないか、ということ。

消印の形が変わったのはなぜか。字の筆圧が落ちたのはなぜか。そして五年目の手紙の裏に残されていた「ありがとう」は、いつ書かれたものなのか。

六年目の手紙が届いてから、私はずっとこのことを考えている。

七年目の十月十四日まで、あと一年もない。

手紙が来るとしたら、何が書いてあるのだろう。来なかったとしたら、それは何を意味するのだろう。

どちらが怖いのか、今の私にはわからない。

郵便受けを開けるたびに、少し立ち止まるようになった。白い封筒が見えると、一拍置いてから手を伸ばす。その一拍の間に、私はいつも同じことを考える。

この手紙を書いた人間は、いったい誰なのか。

そして、なぜ私なのか。

去年の手紙の裏に書かれた「ありがとう」の文字を、私は今でも夜中にふと思い出す。あの几帳面な字で、ただ二文字だけ。

誰かが、私に感謝している。

それが何よりも、怖い。

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