鏡の中の家具の話

引っ越し先のアパートで、鏡に映る部屋の景色がいつの間にか少しずつ変わっていることに気づいた男の記録。鏡の中だけが、自分の知らない「別の誰かの生活」になっていく。

これを書いているのは、あの部屋を退去してからちょうど三ヶ月が経った頃のことだ。書いておかないと、自分でも「そういうことがあった」という事実を丸ごと忘れてしまいそうで、怖くなった。記録として残しておく。

あの春、俺は仕事の都合で、県境にある小さな町に引っ越した。山と川に挟まれた、どこにでもありそうな地方都市で、新幹線の駅からバスで三十分ほど揺られた先にある、静かな場所だった。人口は少ないが生活には困らない。スーパーも病院もある。そういう町だ。

住まいに決めたのは、築二十年ほどの2DKのアパートだった。家賃が安く、駅前の支社まで自転車で十分という立地が決め手だった。内見のとき、部屋は綺麗に清掃されていて、特に気になるところはなかった。前の住人が置いていったらしい全身鏡が一枚、玄関とリビングの境目あたりに立てかけてあったが、管理会社の人が「よければそのまま使ってください、引き取り手がなくて」と言うので、もらうことにした。

縦が百八十センチほどある、木枠の古い鏡だった。縁に薄く金色の模様が彫ってあって、ちょっと昔の旅館にありそうなやつだ。汚れているわけでもなく、映りも悪くない。俺は玄関の横の壁に立てかけて、朝の出勤前に身支度を確認するために使いはじめた。

最初の違和感は、引っ越してから二週間くらい経ったある朝のことだった。

出勤前に鏡の前に立ったとき、なんとなく「あれ」と思った。鏡の中に、リビングの様子が映り込んでいるのだが、ソファの位置がどこかずれているような気がしたのだ。俺のソファは窓際に置いてある。鏡から見ると、ちょうど斜め後ろあたりに映るはずなのだが、その朝は少しだけ部屋の中央寄りに見えた。

寝ぼけていたのかと思って、自分で確認した。ソファは窓際に、ちゃんとある。鏡をもう一度見る。やっぱり、鏡の中のソファは、実際の位置よりも少し内側に見えた。

気のせいだ、と思った。鏡の角度や、朝の光の加減でそう見えることもあるだろう。俺はそう自分に言い聞かせて、家を出た。

次に気になったのは、それから四日後だ。帰宅して荷物を玄関に置き、鏡を何気なく見たとき、リビングのテーブルの上に何かが置いてあるように見えた。コップか、カップか、そういう小さなものの輪郭がある。俺はそのとき、テーブルの上には何も置いていないと確信していた。朝、出る前に全部片付けたからだ。

振り返ってリビングを見る。テーブルの上には何もない。鏡をもう一度見る。やはり、何かある。小さくて、白っぽい、丸いもの。

俺は少しの間、鏡とリビングを交互に見比べた。どう見ても、鏡の中のテーブルの上には何かある。でも実際のテーブルには何もない。

その日の夜、俺は鏡を念入りに掃除した。埃がついて映りが歪んでいるせいかもしれないと思ったのだ。磨いてみると、映りはかえってくっきりした。それだけだ。

しばらく、俺は鏡をあまり意識しないように過ごした。朝の身支度には使うが、それ以外はなるべく見ないようにしていた。そうしていると、日常は普通に流れていく。仕事は忙しく、週末は疲れて家で寝ていることが多かった。

変化に気づいたのは、梅雨が入った頃だった。

その日は休みで、昼過ぎまで寝ていた。起き上がって水を飲みに行く途中、玄関の鏡の前を通った。ふと目をやったとき、俺の足が止まった。

鏡の中のリビングに、カーテンがかかっていた。

俺の部屋のカーテンは、引っ越したときに買った薄いベージュのものだ。それは今も窓にかかっている。しかし鏡に映っているカーテンは、もっと濃い色だった。暗い緑か、深い青か、はっきりとは判別できないが、とにかく俺のものとは違う色だった。

俺は動けなかった。鏡と窓を何度も見比べた。窓には俺のベージュのカーテン。鏡には暗い色のカーテン。同じ部屋のはずなのに。

その日から、俺は鏡を記録することにした。スマートフォンで写真を撮り始めたのだ。毎朝、毎晩、鏡の前に立って、映り込んでいるリビングの様子を撮影した。自分の記憶が信用できないのかもしれないという疑念もあったし、何か変化があったときの証拠にしたかった。

写真を見返すと、不思議なことがわかってきた。

変化は、毎回ではない。しかし、確実にある。ある朝の写真では、鏡の中のテーブルの上に本が積まれている。俺は本をテーブルに積む習慣がなく、実際の写真にはそんなものはない。別の夜の写真では、鏡の中のソファに何かが置いてある。クッションにしては形が不自然で、折りたたんだ衣類のようにも見えた。

もっと気になったのは、鏡の中の部屋が全体的に「生活感がある」ことだった。俺の部屋は片付いていて、物が少ない。でも鏡の中には、細々としたものが散らばっている。テーブルの上のなにか、床に脱ぎ捨てたような衣類の影、窓際に並んだ瓶のようなもの。まるで、誰かがそこで生活しているかのような状態だった。

俺はある晩、意を決して鏡の真正面に長いこと立ち続けた。ただ映り込んでいる部屋の様子を、じっと見ていた。鏡の中の部屋には、電気がついていた。俺は蛍光灯の白い光の下に立っていた。でも鏡の中の部屋は、もっとオレンジがかった、暖かい光だった。暖色の電球。俺が使っているものとは違う。

そのとき俺は、ひとつの可能性を考えた。

これは別の時間軸を映しているのではないか、と。

馬鹿げた考えだとわかっている。でも、鏡の中の部屋は「俺が住む前の、誰かが住んでいたときの部屋」に見えた。同じ間取り、同じ窓の位置、同じ構造。ただ、そこに住んでいるのは俺ではない。

その考えが頭に浮かんだとき、俺は急にあることが怖くなった。

写真の中に、一枚だけ、妙なものがある。梅雨の終わり頃に撮ったものだ。その写真では、鏡の中のリビングに人影がある。立っているのか、座っているのか、はっきりしない。ぼんやりとした輪郭だ。俺はそのとき、鏡の正面に立っていたはずで、自分の姿が映り込んでいてもおかしくない。だから最初は自分の影だと思っていた。

でも、改めてよく見ると、その人影は鏡の「奥」にいる。俺の映り込みより、ずっと後方の、部屋の奥の方に立っている。つまり、俺とは別の誰かだ。

俺は管理会社に電話して、前の住人のことを聞いた。個人情報なので詳しくは教えられないと言われたが、担当者は少し間を置いてから、「長く住んでいた方でしたよ」とだけ言った。それ以上は話してくれなかった。

その後も俺は写真を撮り続けた。人影のようなものはそれ以降、写真には映らなかった。鏡の中の部屋の変化も、ある時期を境に少なくなっていった。変化が収まったのは、秋の入り口の頃だった。

ただ、最後にもう一度だけ、気になることがあった。

退去の前日、荷物をほぼ全部運び出して、がらんとなった部屋で鏡の前に立ったとき、鏡の中の部屋もほぼ何もない状態だった。当然だと思った。でも、ひとつだけ違った。

鏡の中の窓際に、植木鉢があった。

俺は観葉植物を一切置いていない。その植木鉢は小さくて、葉が青々と茂っていた。それだけが、がらんとした鏡の中の部屋に残っていた。

俺はそのまま、翌朝に鍵を返した。鏡は置いていくことにした。管理会社には「そのままにします」とだけ伝えた。担当者は「わかりました」と言ったきり、何も聞いてこなかった。

今でも、あの植木鉢が何だったのかわからない。鏡が特殊な構造だったのか、俺の目が可笑しくなっていたのか、それとも本当に鏡の中には別の誰かの生活が残っていたのか。

答えはない。ただ、あの暖色の光と、部屋の奥に立っていた人影の輪郭だけが、今もたまに思い出される。

あの鏡は今もあの部屋にある。次に入居した人が使っているのか、あるいはまた誰かが「よければ使ってください」と置いていかれているのか、知る方法がない。

ただ、もしこれを読んだ誰かが、引っ越し先に古い全身鏡が残されていたとしたら、一度だけでいいから、鏡の中の部屋をよく見てほしい。

自分の部屋と、本当に同じかどうか。

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