実家に帰るたびに、見覚えのない家族写真が増えていく。だが、母も父も「昔から飾ってあった」と言って疑わない。
実家に帰るのは、だいたい三ヶ月に一度くらいのペースだった。
県境に近い小さな町に両親が住んでいて、私は電車を二本乗り継いで二時間弱かかる都市部でひとり暮らしをしている。帰省というほど大げさなものでもなく、母に「野菜が余ってるから」とか「父の誕生日だから」とか言われると、まあ久しぶりに顔でも見せようかという気持ちで週末を使って戻る、そういう感じだった。
最初に気づいたのは、去年の秋のことだ。
リビングに入ったとき、棚の上に飾ってある写真立てが増えているような気がした。もともとそこには、私が小学校に上がるころに撮った家族三人の写真と、両親の結婚式の写真、それから私の成人式の写真の三枚が飾られていた。ずっとそうだったし、私はその並びをなんとなく頭に入れていた。
でもその日、棚を見ると写真立てが四枚になっていた。
増えた一枚は、家族でどこかの海辺に行ったときの写真だった。父と母と私が砂浜に立っていて、みんな笑っている。父は麦わら帽子をかぶっていて、母はサングラスをしている。私らしき人物は小学校高学年くらいの年格好で、水色のワンピースを着ていた。
「これ、いつの写真?」
台所で夕食の準備をしていた母に聞いたら、母は振り返りもせずに「あー、あの海辺ね。◯◯ちゃんが小四のときじゃなかったかしら」と言った。
「そんな旅行、したっけ?」
「したでしょう。覚えてないの? 父さんが大きなスイカ買って、帰りの車に積んだやつ」
言われてみれば、なんとなくそういう記憶がある気もした。ただ、写真を見ても自分がそこにいた実感がわかない。子供のころの記憶なんてそんなものかと思って、そのときはそれ以上考えなかった。
次に実家に帰ったのは、冬に入りかけたころだった。
棚の写真は、また増えていた。今度は五枚になっていた。
新しく増えた写真は、どこかの山の中で撮ったものだった。紅葉した木々を背景に、父と母と私らしき人物が写っている。私はマフラーを巻いていて、肩くらいまでの髪を結んでいた。写真の中の私は、なんというか、ぼんやりした表情をしていた。笑ってはいるのだけど、目がどこか遠くを見ているような感じがして、少し気持ち悪かった。
「この写真、どこで撮ったの?」
「山の方よ。あそこの紅葉、きれいだったでしょう」
母は当然のように答えた。父も新聞から目を上げて「そうそう、あのときは昼飯の蕎麦がうまかったな」と言った。
私には記憶がなかった。まったく、欠片も。
でも、写真の中には確かに私がいる。顔はちゃんと私だ。若いころの私ではなく、今の私に近い年齢の、私だ。
その夜、風呂に入りながらスマートフォンで自分の写真フォルダを遡ってみた。山に行った記録はない。旅行の写真はないし、位置情報にも山の地名は出てこない。でも、それは単純にその日スマートフォンを持っていなかっただけかもしれないし、バッテリーが切れていたかもしれない。
帰る前に、棚の写真を全部スマートフォンで撮影した。記録として残しておこうと思って。
年が明けてから、また帰った。
六枚になっていた。
今度の写真は室内で撮ったものだった。どこかの和室で、家族三人が座卓を囲んでいる。お正月らしく、おせち料理のようなものが並んでいた。でも私にはそれがどこの部屋かわからなかった。うちの実家の和室ではないし、旅館か誰かの親戚の家か、見当がつかない。写真の中の私は、座卓の端に半分体を向けて座っていて、視線がどこか横を向いている。
「これはどこで撮ったの?」と聞くと、母は「あら、覚えてない? 父さんの親戚の家よ」と言った。
「お父さんの親戚って、会ったことある?」
「何度も行ってるじゃない」
父に確認しても「そうだよ、おじさんのところ」と言う。でも私には、父方の親戚と交流した記憶がほとんどない。父は親戚付き合いが薄い人で、私は父の実家にさえほとんど連れていってもらったことがなかった。
前回撮影した写真と見比べてみようと思ってスマートフォンを開いたら、棚の写真を撮った画像が見つからなかった。探しても探しても出てこなくて、誤って削除したのかもしれないと思ったが、ゴミ箱にもなかった。
気持ち悪いとは思いながら、そのときはまだ「自分の記憶があいまいなだけだ」と言い聞かせていた。
転機になったのは、春先に帰省したときだ。
棚を見た瞬間、息が止まるような感覚があった。
写真立てが八枚になっていた。
急に二枚増えていることへの驚きもあったが、それよりも私を固まらせたのは、その中の一枚だった。それは家族三人ではなく、家族四人で撮った写真だった。
父と母と私、そしてもう一人、知らない女の人が一緒に写っていた。
四十代か五十代くらいの、小柄な女性だった。短い髪で、地味な色のカーディガンを着ている。顔立ちに見覚えはない。でも写真の中でその女性は、母と腕を組んでいた。まるで旧知の間柄のように、自然な仕草で。
「この人、誰?」
声が少し震えていたと思う。母は写真を見て「ああ、田辺さんよ」と言った。
「田辺さん?」
「田辺さんよ。ほら、よく来てたじゃない」
「来てたって、うちに?」
「そうよ。知らないの?」と母は不思議そうな顔をした。
田辺さん、という名前に心当たりはなかった。母の友人にそういう人がいたかどうか、まったく記憶がない。父に聞くと、父も「田辺さんはよく来てたよ」と言った。二人の口ぶりはまったく一致していて、まるでそれが当たり前の事実であるかのようだった。
私はその夜、眠れなかった。
実家の自分の部屋に寝転がって、天井を見ながら考えた。写真というのは、でっちあげようと思えばでっちあげられる。今の技術ならそれほど難しくない。でも、両親がそんなことをする理由がない。二人は写真を前にして微塵も不自然な様子がなかった。長年連れ添った夫婦が揃って嘘をつくとも思えない。
では何が起きているのか。
考えれば考えるほど、自分の認識の方がおかしいのではないかという気がしてくる。海辺の旅行も、山の紅葉も、親戚の家の正月も、もしかしたら本当にあったことで、私の記憶が抜け落ちているだけかもしれない。田辺さんという女性も、実際に何度もうちに来ていて、私が忘れているだけかもしれない。
そう思おうとした。でも、できなかった。
翌朝早く起きて、棚の写真を一枚ずつ撮影した。今度は間違いなくちゃんと撮れていることを確認して、クラウドにもバックアップした。全部で八枚の写真立て。最初からあったはずの三枚の写真も含めて、全部撮った。
電車に乗って帰りながら、何度も見返した。
家族三人の写真、結婚式の写真、成人式の写真。そして海辺、山の紅葉、和室のお正月、それからもう一枚の旅先らしい写真、そして田辺さんが一緒に写った写真。
じっと見ているうちに、あることに気づいた。
増えていった写真の中で、私らしき人物が、毎回同じ特徴を持っていた。
どの写真でも、私の目線が微妙にずれている。カメラをまっすぐ見ているのではなく、少し横か、あるいは斜め下を見ている。笑顔なのに、視線だけが写真の外の何かを追っているような、そういう目をしている。
それ以降、私は実家に帰っていない。
母から「野菜が余ってる」と連絡が来るたびに、適当な理由をつけて断っている。田辺さんについて調べようとしたこともあったが、名前も顔もわかっているのに、何も調べられなかった。当たり前だが、どこに調べればいいかもわからない。
棚の写真は、今もクラウドの中にある。
ときどき思い出したように開いて見る。
見るたびに気になることが一つある。成人式の写真、つまり最初からあったはずの三枚のうちの一枚だ。私が振り袖を着て、スタジオで撮ったあの写真。
見るたびに、背景の壁の色が、少し違う気がする。
最初に撮影したとき、壁はたしかアイボリーだった。でも今見ると、うっすらと、灰色がかっている。
気のせいだと思う。スマートフォンの画面の明るさの問題かもしれないし、ホワイトバランスの問題かもしれない。
そう思おうとしている。

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