一人暮らしの部屋のカレンダーに、身に覚えのない赤い丸印がひとつついていた。それはやがて増えていき、やがて私はある事実に気づいてしまった。
最初に気づいたのは、去年の十一月の中頃のことだった。
私は当時、駅からバスで二十分ほどの古いアパートに一人で住んでいた。築三十年近い物件で、玄関のドアはいつも少し重く、台所の窓からは隣の建物の外壁しか見えなかった。家賃が安い分、生活は悪くなかった。仕事が終わって帰ってくると、誰もいない部屋がちゃんとそこにある。それだけで当時の私には十分だった。
その日もいつも通り、夜の九時過ぎに帰宅して、台所でお茶を沸かしながら部屋の電気をつけた。壁に貼ってあるカレンダーをなんとなく見ていたのは、翌週に職場の健診があって日程を確認しようとしていたからだ。
そこに、赤い丸がついていた。
十一月の二十三日のところに、赤いボールペンでくっきりと丸が描かれていた。大きさはコインほど。形は少し歪で、誰かが手で描いたことがすぐわかった。
私はしばらくその丸を見つめたまま動けなかった。
健診の日付は翌週の火曜日だ。二十三日は関係ない。それに、そもそも私はカレンダーに予定を書き込む習慣がなかった。スマートフォンのアプリで全部管理しているから、壁のカレンダーはほとんど飾りに近かった。
誰かが来た記憶があるか、頭の中を探った。先月実家の母が一度顔を出したが、それは十月の話だ。友人に部屋へ上がってもらったのはもっと前のことになる。鍵は一本しかなく、オートロックではないがドアの鍵はいつもかけていた。
私が自分で書いた、という可能性を疑った。酔って帰った日にうっかり何かした、寝ぼけて書いた、など。でも私は飲み会のない月を過ごしていたし、二十三日は平日の月曜だった。その日の記憶はごく普通だ。朝起きて、出勤して、スーパーに寄って帰ってきた。
結局、その日はよくわからないまま眠った。翌朝もう一度見てみると、赤い丸はやはりそこにあった。夢ではなかった。
少し気味が悪かったが、生活はいつも通り続いた。
次に気づいたのは、一週間ほど後のことだった。
また赤い丸がついていた。今度は十二月のページの、三日のところだ。十一月のページと同じような大きさ、同じような歪さ。ボールペンの色も同じ赤に見えた。
私はカレンダーを壁から外して、まじまじと見た。紙に染み込んでいる。描かれたのは確かだ。フリクションのような消えるタイプのペンではなく、普通のボールペンのようだった。
翌日、ホームセンターに行って新しいカレンダーを買ってきた。今までのを捨てて、真新しいものを壁に貼った。赤い印のないカレンダー。それだけで少し気持ちが落ち着いた。
その週は何もなかった。
でも、次の週の水曜日、帰宅してカレンダーを確認すると、また丸がついていた。
十二月の十四日のところに、赤い丸。
新しいカレンダーだ。買って一週間も経っていない。私以外に部屋へ入れる人間はいない。
そこで初めて、本当に怖くなった。
部屋の鍵を変えることを不動産屋に相談した。特に理由を深くは話さず、防犯上の理由で、と告げると、業者を手配してもらえることになった。作業は三日後だった。その間、できるだけ早く帰るようにして、なるべく外出を減らした。
鍵の交換が終わった夜、新しい鍵を手のひらで握りしめながらカレンダーを見た。印はなかった。当然だ、今日交換したばかりなのだから。
それから一週間、印はつかなかった。
二週間も経つと、さすがに少し安心してきた。気のせいだったのかもしれない、そう思い始めていた。
違和感を覚えたのは、印がつかなくなってしばらく経ったある夜のことだ。
夕食を食べながら、なんとなくカレンダーを眺めていた。新しい年のものを買おうかなと思い、十二月のページを見渡していた。そのとき、ふと気づいた。
印がついていた日付を、頭の中で並べてみた。十一月二十三日、十二月三日、十二月十四日。
それぞれの間隔を数えた。
十一日、十一日。
完全に等間隔だった。
そしてそこで初めて気づいた。次に印がつくとすれば、十二月二十五日だったはずだ。でも鍵を変えたのが二十日だったから、それ以降は印がつかなくなった。
偶然にしては、奇妙すぎた。
私はスマートフォンを取り出して、カレンダーアプリを開いた。十一月二十三日に何があったか。職場の定例会議だ。十二月三日は、外回りで普段と違うルートを通った日。十二月十四日は、友人に電話して長話をした夜だった。
何の共通点もない。
でも印は等間隔についていた。
ここで思い出したことがある。このアパートに越してきたとき、前の住人が残していったものが少しあった。不動産屋が回収し忘れたのだろう、押し入れの棚の上に段ボール箱がひとつ置いてあった。私はその中身を確認せずにそのまま廊下に出しておいたら、翌日には消えていた。おそらく管理会社の人が持っていったのだと思う。
その段ボール箱の中に、何が入っていたか。私は見ていない。
もうひとつ。台所の引き出しの一番奥に、赤いボールペンが一本入っていたことがある。これも前の住人のものだろうと思って捨てた。捨てたのは越してきてすぐだったから、印がつき始めるより前のことだ。でも今になって思うと、あのボールペンがどこのメーカーのものだったか、どんな形だったか、全く覚えていない。
確かめようとしたら、もう手元にない。
年が明けた一月、私は職場の近くにある別の物件に引っ越した。新しい部屋は角部屋で、窓から空が見えた。カレンダーは最初から自分で選んだものを買った。
引っ越して最初の一ヶ月は何もなかった。
二ヶ月が経ち、そろそろ春が来るという頃、私はカレンダーの前に立ち尽くしていた。
三月の七日のところに、赤い丸がついていた。
部屋の隅に立てかけてあったバッグの中を探った。ペン立てを漁った。引き出しを全部開けた。赤いボールペンを探した。
赤いボールペンは、なかった。
そこで私は、壁のカレンダーをもう一度見た。
印は一つだけだった。でも、その日付を見て、気がついてしまった。
三月七日。
前の部屋で最後に印がついたはずの十二月二十五日から数えると、十一日ごとに進めていくと、いくつかの日付を飛ばして、ちょうど三月七日になる。
十一日間隔で進み続けていたとしたら、私がいる場所が変わっても、印は続いていたことになる。
私はその夜、実家に電話した。しばらく帰ってもいいかと聞くと、母は何も聞かずに「いつでもおいで」と言ってくれた。
今も実家にいる。
前の部屋のことも、今の部屋のことも、あまり考えないようにしている。でも、ひとつだけどうしても気になっていることがある。
あの赤い丸は、何を数えていたのだろう。
日付を、日数を、それとも別の何かを。
そして、誰が数えていたのか。
今でも答えはわからない。ただ、十一日という数字が頭から離れない。今日が何日で、次の十一日目がいつなのか、気づかないうちに指を折って数えている自分に気づくことがある。
まだ実家にいる間は、と思っている。
カレンダーは買っていない。


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