うちの玄関に靴が増えていく話

一人暮らしを始めた部屋の玄関に、ある日から見覚えのない靴が並んでいた。最初は一足、やがて二足、三足と——誰かが確実にそこで生活している。

一人暮らしを始めたのは、二十三歳の春のことだった。

職場の近くに部屋を借りた。築二十年ほどの古いアパートで、玄関を入るとすぐ右手に六畳のフローリング、奥に小さなキッチンと浴室、それだけの間取りだった。家賃は安くて、日当たりは悪くて、でも一人で住むには十分だと思った。

引っ越しの翌朝、玄関を見た。自分のスニーカーが一足と、サンダルが一足。それだけが土間に並んでいた。当然だ。私の靴以外、誰のものもあるはずがない。

最初に気づいたのは、引っ越しから二週間ほど経った頃だった。

仕事から帰ってきて、ドアを開けたとき、何となく視線が土間に落ちた。自分のスニーカーとサンダルの隣に、薄いグレーのスリッパが一足、揃えて置いてあった。

最初は、自分で買ったものだと思った。引っ越しのときに雑貨店で色々買い込んでいたから、その中の一つだろう、と。でも記憶にない。引っ越しの荷物を全部確認したわけでもないし、もしかしたら以前の部屋から持ってきたのかもしれないとも思った。気にせず、そのまま使った。

履き心地は悪くなかった。サイズも合っていた。それが逆に、少し変だったかもしれない。

次に気づいたのは、それからさらに一週間後くらいだった。

その日は早めに帰ってきた。玄関に鍵を差しながら、ふと足元を見ると——土間に、茶色い革靴が一足置いてあった。男物だと思った。サイズは大きくて、かかとのあたりが少し傷んでいた。誰かが長く使ったような、そういうくたびれ方をしていた。

さすがにこれは自分のものじゃないとわかった。私は革靴を持っていない。男物のサイズの靴を持っているはずもない。

まず思ったのは、部屋を間違えたか、ということだった。同じ型のドアが廊下に並んでいるアパートだったから、住人の誰かが間違えて入れたのかもしれない。でも鍵は私の鍵でちゃんと開いたし、部屋に入ればいつもの自分の荷物がある。間違いではない。

管理会社に電話しようかと思って、でも何と言えばいいかわからなかった。玄関に知らない靴があります、と言えばいいだけなのに、なぜか言葉にするのが億劫だった。とりあえず、その革靴を玄関の外に出しておいた。翌朝確認したら、なくなっていた。

誰かが持っていったのだろうと思った。だとしたら、誰かが私の部屋の玄関に靴を置いていって、翌朝取りに来たということになる。それはそれで十分おかしいのだけど、靴がなくなったという事実だけがあって、それ以上のことは何もわからなかった。

しばらくして、グレーのスリッパのことを思い出した。あれも自分で買った記憶がないままだった。改めて手に取って確認したけど、どこのブランドかもわからないような安いスリッパで、底の部分がうっすら汚れていた。新品ではない、使われたことのある汚れ方だった。

私はそのスリッパをビニール袋に入れて、捨てた。

それから二、三週間、何もなかった。私は少しずつ出来事を忘れていって、日常に戻っていった。

異変が続いたのは、梅雨に入った頃だった。

ある夜、帰宅して玄関を開けると、傘立てに傘が一本増えていた。私の傘は黒いビニール傘だけだったのに、紺色の長傘がそこにあった。細くて上品な感じのする傘で、柄の部分が木製だった。外は雨が降っていたから、最初はどこかで間違えて持ってきてしまったのかと焦った。でも私は今日、傘を使っていない。電車で帰ってきて、駅から走ってきたから、服は少し濡れていたけど、傘は持っていなかった。

部屋に上がって、ドアに鍵をかけた。いつも二重にかけているデッドボルトと、チェーンロック。それを確認して、少し落ち着いた。

翌朝、傘は消えていた。

その頃から、私は玄関を写真で記録するようにした。帰宅するたびに、出かけるたびに、スマートフォンで土間を撮影した。特に何も変わっていない日の写真が続いて、私はまた少し油断した。

でも写真を見返していたとき、気づいた。

五月の終わり頃に撮った写真と、六月の中頃に撮った写真を並べてみると、土間の隅の方に、薄茶色の何かが写り込んでいた。最初の写真にはない。二枚目にはある。最初は汚れかと思ったけど、拡大したらわかった。小さな、子ども用のサンダルだった。

私には子どもがいない。甥も姪もいない。子どもが来るような家でもない。

その写真を撮った日の記憶を辿ったけど、何も特別なことはなかった。いつも通り仕事に行って、いつも通り帰ってきて、それだけだった。

実際の土間を確認しに行ったら、そのサンダルはなかった。写真の中にだけあって、実物はない。私はそれが一番怖かった。靴があるより、写真の中にだけあることの方が。

友人に話した。「管理会社か警察に相談した方がいい」と言われた。もっともな意見だと思った。でも私は、なぜかそれができなかった。何か言葉にした瞬間に、確定してしまう気がした。言葉にしないでいれば、まだ何か別の説明がつくかもしれない、という逃げ道を残しておきたかったのだと思う。

梅雨が明けた。

ある日の夜、帰ってきて玄関を開けたとき、土間に靴が三足並んでいた。私のスニーカーと、知らない革靴と、子ども用の赤いスニーカーだった。

一瞬、息が止まった。革靴はあのくたびれた茶色いものではなくて、黒くて新しいものだった。子ども用のスニーカーは、小学校低学年くらいの子のサイズに見えた。

ドアの外に飛び出して、廊下で管理人に電話した。管理人は翌日来ますと言った。私はその夜、友人の家に泊まった。

翌日、管理人と一緒に部屋に入った。玄関の土間には、私のスニーカーだけがあった。革靴も、赤いスニーカーも、なかった。管理人は部屋を一通り確認して、異常はないと言った。鍵の交換歴も調べてくれたけど、私が入居した時点で交換済みで、スペアキーも管理会社に一本あるだけで、不正に使われた形跡もないと言われた。

それから半年ほど、何もなかった。私は引っ越しを考えたけど、費用のことや手続きのことを考えると動けなくて、そのままその部屋に住み続けた。

靴の記録の写真は続けていた。変わったことは何もなかった。

秋の終わり頃だったと思う。ある朝、出かけようとして玄関を開けたとき、靴を履きながらふと土間の隅を見た。スリッパが一足あった。あの最初のグレーのスリッパに似た、薄いグレーのスリッパだった。

私は捨てたはずだった。捨てたことは覚えている。でもそこにあった。

拾い上げて確認した。底が汚れていた。前に捨てたものと同じ汚れ方だと思った。でも同じものかどうかは、わからなかった。

私はそのスリッパをまたビニール袋に入れて、部屋の外のゴミ置き場に持っていった。ゴミの収集日まで置いておくための袋に、縛って入れた。

仕事から帰ってきたら、ゴミ置き場のゴミ袋はそのままあった。でも玄関の土間に、グレーのスリッパが一足、揃えてあった。

今も、そのスリッパは玄関にある。

捨てることをやめた。捨てても戻ってくるなら、捨てることに意味はないと思ったから。それとも、捨てることに意味がないのではなくて、戻ってくることに意味があるのかもしれないとも思っている。

誰かがこの部屋を使っている、と考えると、怖い。でも何かが存在しているという考え方で見ると、どちらかというと、静かな感じがする。

靴は物証だから、何かを「置いていく」ことができる存在なのだと思う。形のないものではなくて、形のあるものを残していく。それがどういう意味を持つのかは、わからない。

今日も玄関の土間には、私のスニーカーとグレーのスリッパが並んでいる。

揃え方が、少し丁寧だと思う。私はそんなに揃えた覚えがないのだけど。

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