毎晩、玄関の靴が一足増えていた

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一人暮らしのはずなのに、毎晩、玄関に見覚えのない靴が並んでいた。誰のものかわからないまま、それは少しずつ、この部屋に馴染んでいった。

その靴に最初に気づいたのは、仕事から帰った夜のことだった。

私は県境の町の端にある古い集合住宅で一人暮らしをしていた。築三十年は超えているだろう二階建ての建物で、住人は私を含めて四世帯しかいない。隣の部屋は長いこと空き部屋で、階段を挟んだ向かいの二部屋にそれぞれ老夫婦と若い男性が住んでいた。静かで、少し薄暗くて、でも家賃が安かったから、私はそこを気に入っていた。

靴に気づいたのは、十一月の終わりごろだった。

残業を終えて帰宅したのは夜の九時を過ぎたあたりで、鍵を開けて玄関の電気をつけたとき、なんとなく足元がいつもと違う気がした。私は靴をあまり多く持たない方で、玄関に並べているのはスニーカーとパンプスとサンダルの三足だけだった。そこにもう一足、見慣れない黒いローファーが置かれていた。

最初は自分のものだと思った。買ったことを忘れていたのかもしれない、と。でも手に取って見ると、サイズが二十五センチで、私の足には大きすぎる。私は二十三センチしかない。

首をかしげながら、とりあえず玄関の隅に寄せておいた。泥棒が靴を置いていくはずもないし、誰かが間違えて入れたのかもしれないと思ったのだ。翌朝、管理人のポストに「黒いローファーを拾いました」と書いたメモを入れて、出勤した。

三日が過ぎても、誰も取りに来なかった。

その週の木曜日、また靴があった。

今度は玄関の外ではなく、玄関の中、三和土の右端にきちんと揃えて置かれていた。紺色のスリッポンで、これも二十五センチほどの大きさだった。鍵はかけていた。チェーンもしていた。それなのに、玄関の内側に、誰かの靴が置かれていた。

背筋が冷えた。でも室内に誰かいる気配はなかったし、窓にも異常はなかった。私はその夜、友人に電話しながら部屋の隅々まで確認して、誰もいないことを確かめた。

翌朝、鍵屋に電話して鍵を変えた。ディンプルキーの、少し値の張るものに。

新しい鍵にしてから五日間は、何も起きなかった。私は少し安心して、あれは夢遊病か何かで自分が外に出て、どこかで拾ってきたのかもしれないと無理やり自分を納得させた。

でも次の週の月曜日の夜、玄関にまた靴があった。

今度はトレッキング用のブーツで、それもきちんと揃えて、私の靴の横に並べられていた。まるで最初からそこにあったかのように、自然に。

私は管理人を呼んだ。六十代の無口な男性で、話を聞くと怪訝な顔をして「合鍵は渡していない」とだけ言った。防犯カメラはエントランスに一台あるが、画質が悪くて夜は暗くてよく見えないという。映像を確認してもらったが、私の部屋のある廊下側には死角があって、誰かが出入りしたかどうかはわからなかった。

警察にも相談した。ストーカー被害の窓口で話を聞いてもらったが、「被害があったわけではないので」という言葉を何度も繰り返された。靴を持っていくと、証拠として預かってもらえたが、その後の連絡は来なかった。

そのころから、私はある癖がついた。

帰宅するたびに、玄関の靴を数えること。

私の靴が三足、それ以外が何足あるか。毎晩確認して、ノートに書き留めた。増えていれば印をつけて。変わらなければ「異常なし」と書いて。

十二月の上旬までに、靴は合計で七足になっていた。全部違う種類で、全部サイズは二十五前後。スニーカー、革靴、サンダル、ビーチサンダル、作業靴。季節も用途もバラバラで、まるで誰かの靴箱の中身をそのまま持ってきたみたいだった。

不思議だったのは、その靴たちが段々と、私の部屋に馴染んでいったことだ。

最初は異物感があった。自分の靴と並べて見たとき、明らかに浮いていた。でも二週間ほど経つと、なぜかそれが普通の光景に見えてきた。帰宅して玄関の電気をつけて、靴がたくさん並んでいることに、ある夜から違和感を感じなくなっていた。

それが怖かった。

靴そのものより、自分の感覚が変わっていくことの方が。

十二月の中旬のある夜、仕事帰りに遅くなって帰ったとき、玄関を開けると靴の置き方が変わっていた。今まではバラバラに並べられていたのに、その夜は私の靴三足が一番奥に押しやられて、見知らぬ靴たちが手前に、ずらりと並んでいた。

部屋の主が入れ替わったみたいだった。

その夜は眠れなかった。布団の中で天井を見ながら、考えた。鍵は変えた。チェーンもかけている。窓も全部ロックしている。なのに誰かが入ってくる。何も盗まれていないし、部屋を荒らされているわけでもない。ただ、靴だけが増える。

ひとつ、気になっていることがあった。

向かいの部屋に住む若い男性のことだ。引っ越してきたのは私より後で、春ごろだったと思う。名前は知らない。挨拶を一度だけしたことがあって、背が高くて痩せた人だという印象だけある。靴のサイズから考えると、男性のものである可能性が高い。

でも証拠はない。確かめる方法もない。

私は一度だけ、廊下ですれ違ったときに声をかけてみた。「最近、玄関に靴が増えていて困っているんですけど、何か心当たりはないですか」と。

男性は少し間を置いてから、「靴ですか」と言った。

「ええ、毎晩誰かの靴が置かれていて」

男性はまた少し考えるような顔をして、「そうですか」とだけ言って、自分の部屋に入っていった。

その返答が引っかかった。否定しなかった。謝らなかった。ただ「そうですか」と言った。

翌朝、向かいの部屋のドアを見たら、靴箱の中がドアの隙間から少し見えた。中は空っぽだった。

靴が、一足もなかった。

それからまた数日、靴は増えなかった。私は少しだけ安心して、でも油断せずに毎晩玄関を確認し続けた。

十二月の終わり、年の瀬が近づいたころ。

帰宅して玄関を開けたとき、靴は一足も増えていなかった。私の三足だけ、きちんと並んでいた。

でも何かが違った。

私の靴の並び方が変わっていた。

私はいつも、スニーカーを左、パンプスを真ん中、サンダルを右に置く。理由はない、ただずっとそうしてきた。でもその夜は、並び順が変わっていた。パンプスが左、スニーカーが真ん中、サンダルが右になっていた。

靴が増えるより、これの方がずっと嫌だった。

誰かが、私の靴を動かした。

誰かが私の靴に触れた。誰かが、私の靴の並び方を知っていて、わざと変えた。

そういうことだと、私は思った。

それ以来、靴は増えていない。向かいの部屋は今も人が住んでいるのかどうかわからない。灯りはついているが、音はしない。

私はあの靴たちを全部、年明けに捨てた。警察に預けていた三足も引き取って、捨てた。今は玄関に靴が三足だけ、きちんと並んでいる。

毎晩、帰宅するたびに確認する。並び順も。

スニーカーが左、パンプスが真ん中、サンダルが右。

今のところ、変わっていない。

今のところは。

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