友人の結婚式のアルバムを整理していたとき、どの写真にも同じ女が写り込んでいることに気がついた。誰も彼女を知らないのに、彼女はずっとそこにいた。
あれを思い出すきっかけになったのは、去年の秋に自分の引き出しを整理していたときのことだった。奥のほうから一枚の写真が出てきて、それを見た瞬間、胃のあたりがずるりと重くなった。写真の中で笑っている人たちの顔は知っている。式場の白い壁も、テーブルの花も、全部覚えている。ただ、右端に立っている女だけが、いまだに誰なのかわからない。
友人の梨花が結婚したのは、私が二十八歳の春のことだった。相手の男性は梨花の職場の先輩で、おだやかで誠実な人だという話は前から聞いていた。招待状が届いたとき、私はちょうど仕事が立て込んでいた時期だったけれど、梨花とは学生時代からの付き合いで、断るという選択肢は最初からなかった。
式場は、私が住む町から電車で一時間ほど離れた、山の手の静かなエリアにあるチャペルだった。古い洋館を改装したような造りで、石造りの外壁にツタが絡まっていた。天気がよく、光がやわらかく差し込んでいて、いい式になりそうだと思った記憶がある。
参列者は全部で四十人ほど。梨花側の友人として私を含めて五人が呼ばれていた。美樹、沙江、友子、それから高校時代の同級生の加奈。私たちは式が始まる前にロビーに集まって、久しぶりの再会を喜んだ。
式のあいだ、私たちは左側の席に並んで座っていた。梨花が父親と腕を組んで入場してきたとき、美樹が小さく泣いていた。私もなぜか目の奥が熱くなって、少しあわてた。
披露宴は和やかで、料理も美味しかった。歓談の時間には何度かシャッターを切った。スマートフォンで撮ったものもあったし、持参したコンパクトカメラで撮ったものもあった。梨花の職場の人たちと混ざって何枚か集合写真も撮った。そのときはとくに何も気にしなかった。
問題が起きたのは、それから三週間後のことだ。
梨花から「アルバムにまとめたから見て」とメッセージが来た。式場のカメラマンが撮ったデータに加えて、参列者から集めた写真をまとめてオンラインアルバムにしたらしかった。私も自分が撮った写真を何枚か送っていたから、それも含まれているはずだった。
仕事が終わったあと、ベッドに転がりながらスマートフォンでアルバムを開いた。百枚以上の写真が並んでいて、どれも梨花たちの幸せそうな表情が写っていた。チャペルの式の様子、披露宴のテーブル、ケーキ入刀、友人たちとの集合写真。
三十枚ほど眺めたあたりで、私はスクロールする手を止めた。
一枚の写真の端に、見知らぬ女が写っていた。
披露宴の歓談中に誰かが撮った写真で、中央には梨花とその友人たちが笑っている。その右の隅に、少し離れた場所に立っている女がいた。年齢は三十代の前半くらいに見える。黒っぽいワンピースを着ていて、こちらを向いているわけでも、背中を向けているわけでもなく、斜め横を向いている。表情がよく読み取れない角度だった。
最初は、相手側の参列者だろうと思った。四十人いれば、私が顔を知らない人もいる。ただ、その女の立ち位置が少し不自然だった。テーブルから離れた場所で、誰かと話しているようでもなく、ただそこに立っているだけに見えた。
気になりながらも、そのままスクロールを続けた。
次の写真にも、その女がいた。
今度は別の角度から撮られた写真で、中央に映っているのは新郎の職場仲間たちだ。その後ろ、少し遠い位置に、同じ黒いワンピースの女が写っていた。さっきとまったく同じ横向きの角度で、やはり誰かと話しているわけでもなく、立っているだけだった。
嫌な予感がして、私はアルバムの最初に戻って、一枚ずつ確認し直した。
十枚目の写真にもいた。二十四枚目の写真にもいた。式場の外で撮られた集合写真の、端っこにも。チャペルの中で撮られた写真の、後列にも。数えると、百枚以上のアルバムのうち、三十枚近くにその女が写り込んでいた。
毎回、ほぼ同じ立ち位置と同じ横向きの角度で。
翌日、私は美樹に電話をかけた。アルバムは見たかと聞くと、見たと言う。「式場の写真、すごくよく撮れてたよね」と美樹は言って、それから少し間があった。「なんかある?」
私は例の女のことを話した。何枚も写り込んでいる、黒いワンピースの女のこと。
美樹は「あー」と言ってから、「私も気になってたんだよね」と言った。
「どの写真にもいるよね、あの人。相手側の人かな?」
「相手側の人にしては、あんなに端っこに立ってることが多いのが変じゃない?」
そう言うと、美樹も黙った。
次の日に梨花に連絡してみた。あのアルバムに写り込んでいる黒いワンピースの女は誰か、と。返信がくるまで少し時間がかかった。
「わからない。旦那に聞いたけど、旦那も知らないって」
「招待してない人ってこと?」
「わからない。式場に確認してみる」
数日後、梨花から連絡が来た。式場のスタッフにも確認したが、その女性については心当たりがないとのことだった。当日、招待状のない方が入られた形跡もない、という説明だったらしい。
その頃から、私はアルバムをもう一度、丁寧に見直してみた。今度は女の写り方だけでなく、写真全体を注意して見た。
あることに気がついた。
その女が写っている写真では、彼女の近くにいる人の表情が、なんとなく部自然だった。笑っているのに笑いきれていないような、あるいは、少し視線が泳いでいるような。はっきりとしたものではなく、言葉にしようとすると崩れてしまうような違和感だった。気のせいかもしれない、と何度も思った。でも、気にしはじめると止まらなかった。
もうひとつ気になったことがある。
その女が写っている写真は、撮影者がばらばらだった。式場のカメラマンが撮ったものにも、美樹が撮ったものにも、私が送ったものにも、その女は写っていた。私が撮った写真にも写っているということは、私も式の間ずっとその女の近くにいたということになる。
でも、私は彼女を見た記憶がまったくない。
美樹に改めて聞いても「覚えていない」と言う。沙江も、友子も、加奈も同じだった。梨花本人も、式の最中にそういう女性を見た覚えはないと言った。
四十人の参列者の中に、誰も認識していない女が、三十枚近くの写真に写っていた。
その話は、参列者の間でしばらく話題になった。怖い怖いとはしゃぐ人もいたし、照明のいたずらとか、式場のスタッフが迷い込んだだけとか、いろんな説が出た。梨花は最終的に「気にするのをやめた」と言った。幸せなスタートに水を差したくないから、と。私もそれ以上は掘り返せなかった。
ただ、一点だけ、誰にも言えていないことがある。
アルバムをじっくり見ていたとき、私はある写真で手が止まった。披露宴の中盤あたり、私と梨花が二人で肩を並べて写っている写真だ。誰かに頼んで撮ってもらったもので、どちらも笑っている、よく撮れた一枚だと思っていた。
その写真の、私の真後ろに。
あの女が写っていた。
他の写真では常に離れた場所に、斜め横を向いて立っていたのに、その一枚だけ、女は私の背後に立っていた。距離にして一メートルもない。そして、他の写真とは違って、その写真の中の女は、正面を向いていた。
カメラの方を、まっすぐ向いていた。
顔はよく見えない。少しブレているのか、それとも逆光の加減なのか、輪郭だけがある。でも、視線だけははっきりわかった。カメラを、見ていた。
私はその写真を保存しようとしたが、なぜか画像が読み込めなかった。アルバム自体は開けるのに、その一枚だけが何度試しても表示されなかった。
翌日、梨花に連絡して、その写真のことを聞いた。梨花はアルバムを確認して「そんな写真、入れた覚えがない」と言った。
今はアルバムを確認してもらえればわかると思ったが、梨花が確認したところによると、その写真はアルバムに存在していなかった。
百枚以上の写真の中に、私が確かに見た一枚が、なかった。
あの写真を私が見たのは確かだ。梨花と私が肩を並べて笑っていて、その後ろに女が立っていた。でも、梨花のアルバムにはない。私のスマートフォンにも保存できていない。
手元に残っているのは、引き出しの奥で見つけた、あの一枚だけだ。
披露宴の歓談中に、私が自分のカメラで撮った写真。梨花の友人たちが笑っている。テーブルの花が白く光っている。そしてフレームの右端、少し離れた場所に、黒いワンピースの女が立っている。
写真を何度見ても、私はその女のことを思い出せない。
でも、確かに同じ場所にいた。ずっと、いた。


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