隣の家の庭木が増えていく話

引っ越し先の隣家の庭には、最初から木が一本だけあったはずだった。しかし気がつくと、誰も見ていない夜の間に、静かに、確実に、本数が増えていく。

あの家に越してきたのは、三十二歳の春のことだった。

会社の転勤で、それまで住んでいた街から二時間ほど離れた、県の境目あたりにある小さな町に引っ越すことになった。山と川に挟まれた地形で、昔は炭鉱か何かで栄えたらしいが、今は人口が減り続けているような、静かな場所だった。会社が用意してくれた物件は、その町の住宅地の端っこにある一軒家で、築年数は二十五年ほど。庭付きで家賃が安かったのは、まあ、そういう土地柄だからだろうと、当時の俺は特に気にしなかった。

荷解きを終えて、初めて外に出た夜のことは今でも覚えている。空気がひんやりしていて、街灯の数が少なくて、都会とは全然違う静けさがあった。俺は縁側から隣の家の様子をなんとなく眺めた。左隣は空き家で、窓に新聞紙が貼ってあった。右隣は普通に人が住んでいるようで、夜でも玄関先の小さな照明がついていた。

その右隣の庭に、一本の木があった。幹が太くて、枝がゆったりと広がっている、たぶんケヤキかエノキのような雑木。夜だったのではっきりとはわからなかったが、なかなか立派な木だなと思った記憶がある。それが最初だった。

越してきて最初の二週間は、転勤直後の慌ただしさで、隣の庭なんてほとんど気にしていなかった。朝早く出て夜遅く帰る生活だったし、そもそも隣との境界にはブロック塀があって、庭がよく見えるのは自分の家の二階か、縁側から斜めに覗いたときくらいだった。

変化に気づいたのは、越してから三週間ほど経った頃だったと思う。

その日は土曜日で、久しぶりに家にいた。天気がよかったので縁側に出て、缶コーヒーを飲みながらぼんやりしていた。そのとき、なんとなく隣の庭に目が行って、俺は少し首をかしげた。木が、二本に見えた。

最初は角度の問題だと思った。夜に見たのとは違う光の当たり方で、枝の影がそう見せているのかもしれない。立ち上がって位置をずらしてみたが、やはり二本、あった。幹が二本、はっきり地面から生えていた。

まあ、最初から二本あったのを俺が見間違えたんだろう、と結論づけて、その日はそれ以上考えなかった。人間の記憶なんて曖昧なものだし、夜と昼では見え方も違う。そういうことは普通にある。

しかし次の週末、また縁側に出ると、木は三本になっていた。

今度は立ち上がって、ちゃんと数えた。一本、二本、三本。幹の太さはそれぞれ違っていて、一番太いのが真ん中にあって、両脇に少し細めのが一本ずつ生えていた。どれも、ひょろっとした若木というわけではなく、それなりに育っているように見えた。

俺は少しの間、その三本をじっと見ていた。変だ、とは思った。でも何かが変だと、具体的にどう言葉にすればいいのかわからなかった。木が増えるということが、庭ではあり得ることなのか、それとも絶対あり得ないことなのか、俺には判断できなかった。木を植えるのに許可はいらないし、隣の人が何かの事情で新しく植えたのかもしれない。でも一週間で、あの太さまで育つものなのか。

考えすぎだと思った。俺は庭木に詳しくないし、最初から三本あったのを俺が一本と思い込んでいただけかもしれない。

その判断が、後々まで俺を混乱させることになる。

次に気づいたのは、平日の夜遅くに帰ってきたときだった。玄関を開ける前にふと庭の方に目が行って、塀の向こう、隣の庭が見える角度に立ったとき、木の影が増えているような気がした。街灯の光に浮かぶ枝の輪郭が、前よりも多かった。暗くて数えられなかったが、確実に、前より多かった。

次の土曜日、俺は朝から意識的に数えた。五本あった。

そこで初めて、ちゃんとメモをとることにした。日付と本数を書いた。五月の第三土曜日、五本。

それから毎週末、欠かさず数えた。翌週は六本。その次は八本。一週間で一本か二本のペースで増えていた。

隣の住人のことを、俺はまだ一度もちゃんと見ていなかった。朝早く出て夜遅く帰る生活だったから、顔を合わせる機会がなかったのだ。ポストに挨拶状を入れておいたら、数日後に同じようにポストへの返信が来ていて、「よろしくお願いします」と丁寧な字で書いてあった。差出人の名前は「ウメダ」さんだった。

木のことを聞こうとは思ったが、まだ顔も合わせていない相手に、庭木が増えていますねと言うのは不自然すぎた。だから俺は観察を続けた。

六月に入ったある夜、残業を切り上げて早めに帰ってきた俺は、夕方の明るさが残っているうちに隣の庭を確認した。その日の朝に数えたのは十一本だった。夕方に見ると、十二本あった。

一日で一本増えていた。

そのとき初めて、俺は鳥肌が立った。

朝と夕方の間、俺が仕事に行っている間に、木が一本増えていた。俺が見ていないうちに。

俺は急いでスマートフォンを出して写真を撮った。日付と時刻が記録される。翌朝、出勤前にまた撮った。写真の中の木の本数を数えた。十三本になっていた。夜の間にまた一本。

写真のデータを見返してみると、一番最初に撮ったものと最新のものとでは、庭の印象がまるで違った。最初は、まばらに生えた木が数本という感じだったのに、今は庭の半分以上が木に占領されているように見えた。幹と幹の間隔が狭くなっていて、奥が暗くなっていた。

俺は写真を見ながら、ひとつのことに気がついた。

どの写真にも、庭に人の姿がない。

木を植えているはずの人間が、一度も写っていなかった。

そもそも、隣の庭で作業をしている人を、俺は一度も見たことがなかった。声も聞いたことがなかった。ポストの返信があったから人は住んでいるはずなのに、気配がほとんどなかった。電灯がついているのを見たことは何度かあった。でも庭で何かをしている人は、一度も。

その週末、俺は意を決して隣のインターホンを押した。

しばらく待ったが、反応がなかった。もう一度押した。やはり誰も出ない。

帰り際に庭の方をちらっと見た。木が、また増えていた。

その夜、眠れなかった。

考えれば考えるほど、おかしかった。木というのは植えるものだ。誰かが植えなければ生えない。でも誰も植えている様子がない。急に大きく育つものでもない。でも一日で一本増える。もしかして、増えているように見えているだけで、最初から全部あったのに俺が気づいていなかっただけなのか。いや、写真がある。写真は嘘をつかない。

翌朝、出勤前に数えた。十六本。

夜に帰ってきて数えた。十八本。

写真を撮った。

その写真を見ていて、俺は息が止まりそうになった。

木と木の間の暗い隙間、一番奥の部分に、何かが写っていた。

人ではない。でも柱でも壁でもない。はっきりとした形ではなくて、ただ、何かが、立っていた。木よりも細くて、木よりも暗い。拡大してみたが、ピクセルが荒くなるだけでよくわからなかった。

その週から、俺は隣の庭をあまり見なくなった。

怖かったから、というわけでもない。うまく説明できないのだが、なんとなく、見ない方がいいような気がした。写真も撮るのをやめた。メモもやめた。数えるのをやめた。

引っ越してから四ヶ月後、俺は会社に転勤の相談をして、なんとか別の事業所に移してもらうことができた。理由は体調不良ということにした。

荷物を運び出す日の朝、引越し業者が来るまでの間、俺は最後にもう一度だけ隣の庭を見た。

木が、なかった。

一本もなかった。

あの立派な幹も、細い若木も、何ひとつなくて、ただの手入れされていない雑草だらけの庭があるだけだった。切り株もなかった。根が残った跡もなかった。ただ、何もなかった。

俺はしばらく、その何もない庭を見ていた。

隣のポストに、退去の挨拶状を入れておいた。

返事は来なかった。

今でも、あれが何だったのか分からない。俺が正気だったのかどうかも、実のところ自信がない。写真のデータは今も残っていて、木が増えていく記録がそこにある。見返す気にはなれないが、消せてもいない。

あの写真の奥に写っていたものが何だったのか、それだけは、たぶん一生考え続けると思う。

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