うちの冷蔵庫のメモが増えていく話

一人暮らしの部屋で、冷蔵庫のメモが少しずつ増えていく。最初は自分が書いたと思っていた。でも、ある日、自分の筆跡と似て非なる字に気づいてしまった。

一人暮らしを始めたのは、社会人になって三年目の春のことだった。

それまでは実家から職場まで電車で一時間ほどかかっていたのだけど、部署が変わってから残業が増えて、終電を逃すことも珍しくなくなった。親には申し訳ないと思いながら、職場から二駅ほどの距離にある小さなワンルームを借りた。築二十年近いマンションで、設備は古かったけれど、日当たりが良くて、管理人のおじさんが愛想のいい人で、なんとなく気に入った。

引っ越しが済んで最初の週末、私は冷蔵庫の扉に小さなホワイトボードを貼った。買い忘れ防止のためのメモ用に、100円ショップで買ってきたやつだ。実家にいたころ、母がよくやっていたのを思い出して、一人でも習慣にしようと思ったのだ。

最初はふつうに使っていた。「たまご」「ヨーグルト」「野菜ジュース」みたいな、次の買い物で買うものをそこに書いておく。用が済んだら消す。それだけのことだ。

違和感を覚え始めたのは、引っ越してから二ヶ月ほど経ったころだと思う。

ある朝、冷蔵庫を開けようとしたら、ホワイトボードに「ねぎ」という文字が書かれていた。私はその週、ねぎを切らしていたから、自分で書いたのかなと最初は思った。でも何度考えても、書いた記憶がなかった。夜中に眠いまま書いて、朝に忘れていることがあるよな、と自分に言い聞かせて、その日の帰りにねぎを買って帰った。

次に気になったのは、それから一週間ほど後のことだ。

夜、仕事から帰って冷蔵庫を開けた。ホワイトボードには、私が朝に書いた「牛乳」という文字の下に、もう一行だけ追加されていた。「みりんもきれそう」と書いてあった。

確かに、みりんは減っていた。だから内容は合っている。でも私はその日の朝、「牛乳」しか書かなかった。断言できる。出勤前は毎朝バタバタしていて、ホワイトボードにさらっと一言だけ書くのが精一杯だから、複数のことを書いた記憶があれば必ず残っているはずだった。

不思議だなとは思った。でも、怖いとはまだ思っていなかった。

自分が無意識にやっているのかもしれない、夜中に寝ぼけているのかもしれない、と何となく流していた。一人暮らしの部屋で変なことが起きても、まず最初は自分を疑う。それは正しい判断だと今でも思う。

ただ、その後しばらくして、私はもう少しきちんと観察することにした。

仕事の手帳に、ホワイトボードに書いた内容を毎朝メモするようにした。「今日は牛乳とほうれん草と書いた」というふうに、日付と一緒に記録しておく。几帳面すぎるかもしれないけど、自分の記憶を信じられなくなっていたから、記録を残すしかなかった。

記録を始めてから最初の二週間は、何もなかった。

ホワイトボードに書いた通りの内容が、次に見たときもそのまま残っている。何も増えていないし、消えてもいない。私が書き足したものしかない。

ああ、やっぱり気のせいだったんだなと、少し安心していた。

それが、十七日目の朝に崩れた。

その日、私は出勤前に「しょうゆ」とだけ書いた。手帳にも「しょうゆ」と記録した。帰宅したのは夜の十時過ぎで、コンビニで夕食を買って帰り、食べながらふとホワイトボードを見た。

「しょうゆ」の下に、見慣れない一行があった。

「かつおぶしも」

筆跡が、少し違った。

私の文字は、どちらかというとゆったりとした丸みのある字なのだけど、その「かつおぶしも」という文字は、少しだけ細くて、角が立っていた。まるで別の人が書いたみたいな、でも全然似ていないというほどでもない、絶妙に「似せようとした」ような字に見えた。

食べかけのコンビニ弁当を置いて、しばらくその文字を眺めた。

鍵は持っているのは私だけのはずだった。管理人のおじさんはスペアキーを持っているかもしれないけど、部屋に何かを書きに来るとは考えにくい。友人が来たのは先月の話で、それ以降は誰も来ていない。

その夜は怖くて、なかなか眠れなかった。

翌朝、部屋の中を改めて確認した。窓の鍵、玄関の鍵、ベランダの施錠。全部ちゃんと閉まっていた。床に何かを引きずった跡もない。押し入れも開けてみたけれど、いつもの通りだった。ただ、なんとなく、空気が少しだけ違う気がした。部屋の奥のほうに、誰かがいるような気配、というか、誰かがいた痕跡のような、うまく言葉にできない感覚があった。

でも、何もなかった。見た目には、何も。

職場の同僚に、「最近ちょっと変なことが続いていて」と話しかけたことがある。でも、冷蔵庫のメモが増えていると言っても、どう説明しても間抜けな話にしか聞こえなくて、「寝ぼけてるんじゃない?」と笑われて終わった。それ以降は誰にも話さなかった。

ホワイトボードへの記録は続けていた。書いた内容、帰宅時に確認した内容、増えていたかどうか。日付と一緒に全部手帳に残した。

三週間ほど何も起きない日が続き、また一行増えた。そして静かになり、また増えた。不規則だった。毎日ではない。週に一度か二度、気まぐれに現れる。

増えている内容は、いつも実用的なものだった。「だしの素」「洗剤」「絆創膏」。どれも確かに切れかけていたり、実際に必要だったりするものばかり。悪意のある書き込みではない。でもだからこそ、余計に気持ちが悪かった。

私の部屋の中を知っている何かが、書いている。

そう思うと、冷蔵庫を開けるたびに手が少し震えるようになった。

あるとき、試しにホワイトボードを白紙のまま残しておくことにした。何も書かずに出かけて、帰ってきたら何かが書かれているかどうか確かめようと思ったのだ。

仕事を終えて帰宅して、ドアを開ける前に少し深呼吸した。

鍵を回して、部屋に入って、靴も脱がずに冷蔵庫の前に立った。

ホワイトボードには、一行だけ文字が書かれていた。

「ごめんね」

それだけだった。

謝罪の言葉が、あの少し角ばった筆跡で、白いボードの中央に書いてあった。

私はしばらく動けなかった。足が床に貼り付いているみたいで、呼吸の仕方を忘れたみたいで、ただそこに立ち尽くしていた。

「ごめんね」って、何が? 誰に? 何のために?

答えは何もなかった。

その夜のうちに、私はそのホワイトボードを袋に入れてゴミ箱に捨てた。捨てるときに中を確認したら、文字はまだそこにあった。白いボードの上に、「ごめんね」と。

翌日、新しいホワイトボードを買った。今度は少し大きいタイプのやつだ。以前と同じように使っている。今のところ、何かが書き足されたことはない。

あれは何だったのか、今でも分からない。

前の住人が残した何か、というのが一番ありきたりな説明だと思う。でも、だとしたら冷蔵庫の中身をどうやって知っていたのか。だしの素が減っていることも、絆創膏がなくなりかけていることも、なぜ分かったのか。

もう一つ気になっていることがある。

あの「ごめんね」という言葉が、何かに対する謝罪なのか、それとも、もうやめる、という宣言のようなものだったのか、それだけが頭から離れない。

ごめんね、と書いて、やめた。

それだけのことなら、まだ怖くない気がする。

でも「ごめんね」が、気づかれてしまったことへの謝罪だったとしたら。

気づかれなければ、もっと続くつもりだったということになる。

今もあの部屋に住んでいる。

冷蔵庫には新しいホワイトボードが貼ってある。今日も私が書いた「豆腐」という文字だけが残っている。

ただ、最近また少しだけ、あの感覚が戻ってきた気がしている。

部屋の奥のほうの空気が、ほんの少しだけ、違う。

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