隣の席の人が変わった話

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職場の隣の席の同僚が、ある日を境に「少しだけ違う人」になっていた。誰も気づいていないのに、私だけが気づいてしまった。

あの話を誰かに聞いてほしくて、でも実際に話せる相手がいなくて、結局こうして文字に残すことにした。信じてもらえなくてもいい。ただ、誰かに読んでほしかった。

私が勤めていたのは、県境に近い小さな市にある、社員数が三十人にも満たない中小の事務会社だった。仕事の内容は地味で、毎日決まった時間に出社して、決まった書類を処理して、決まった時間に退社する。そういう繰り返しの中に、私はそれなりの安心感を覚えていた。

隣の席には、浜田さんという女性がいた。私より三つ年上で、入社歴も長く、仕事の要領がとても良い人だった。いつも少し早めに来て、机の上をきちんと整えてから仕事を始めるのが習慣で、ランチは社外には出ず、決まってデスクでお弁当を食べていた。地味だけれど気遣いのできる人で、私が困っているときにはさりげなくフォローしてくれる、そういう人だった。

違和感に気づいたのは、ある秋の月曜日のことだった。

その日、浜田さんはいつも通り私より先に出社していた。「おはようございます」と声をかけると、「おはようございます」と返ってきた。それだけなら何も変わらない。ただ、そのとき私は一瞬、何か引っかかるものを感じた。

声のトーンが、少しだけ高かった。

浜田さんはどちらかというと落ち着いた低めの声の人で、挨拶もはっきりしすぎず、ちょうどいい塩梅で返してくれるのが常だった。でもその朝の「おはようございます」は、なんというか、少しだけ明るすぎた。気のせいかな、と思って席に着いた。

昼になって、お弁当の時間になった。浜田さんはいつも通りお弁当箱を出して食べ始めた。私もカップスープを作りながら、何となく横目で見ていた。

彼女はお弁当を食べながら、スマートフォンの画面を眺めていた。それ自体はおかしくない。けれど、持ち方がどこか不自然だった。スマートフォンを両手で包むように持って、画面をじっと見ている。浜田さんはいつも片手で持って、片手でお箸を動かしていたはずなのに。

また気のせいか、と思った。人の癖なんて日によって変わることもある。

でも翌日も、その次の日も、その「少しだけ違う感じ」は続いた。

まず、ペンの持ち方が変わっていた。浜田さんはもともと少し変わったペンの持ち方をする人で、人差し指をペンの側面に沿わせるような独特のスタイルだった。私はずっと隣に座っていたから、なんとなく覚えていた。でも水曜日に書類を書いている彼女を見たら、ごくごく標準的な持ち方になっていた。矯正したのかな、とも思ったけれど、あんな癖のある持ち方を数日で直せるものだろうか。

次に、口癖が変わっていた。浜田さんはよく「そうですねえ」と語尾を伸ばす言い方をしていた。それが彼女のリズムみたいなもので、話していると自然と耳に残っていた。でもある日から、それがなくなった。「そうですね」とだけ言う。短く、きっぱりと。

それから、昼食の内容が変わった。浜田さんのお弁当はいつも茶色いものが多かった。卵焼きと煮物と、ご飯。地味で、でも丁寧に作られている感じのお弁当だった。ある木曜日から、それがサンドイッチになった。コンビニのサンドイッチではなく、袋に入った手作り風のサンドイッチ。一度だけなら気分が変わったのかな、と思えた。でもその後もずっと、サンドイッチが続いた。

個々に切り取れば、全部ただの変化だ。人は変わる。習慣だって変わる。でも私がどうしても気持ち悪かったのは、それらがすべて同じタイミングから始まっていたことだった。あの月曜日以前と以後で、浜田さんはいくつもの細かいところが、一斉に変わっていた。

私は自分の記憶を疑った。隣に座っていたとはいえ、同僚の細かい癖をそんなに正確に記憶しているものだろうか。思い込みや、記憶の歪みという可能性は十分にある。

だから、一つだけ確かめることにした。

浜田さんのデスクの引き出しの取っ手に、以前から小さなマスコットがついていた。ストラップのような形で、赤いベア型のキャラクターだった。どこかのノベルティだったか、もらいものだったか、とにかく私はそれをずっと見ていたから確かに覚えていた。

次の朝、出社して真っ先に引き出しの取っ手を見た。

マスコットはついていた。

でも、色が違った。

青かった。

私はしばらく、その青いマスコットを見つめた。記憶違いかもしれない。でも赤と青を間違えるだろうか。私はずっと毎朝、あの引き出しを見ていた。手を伸ばせば触れる距離に、一年以上、赤いマスコットがあった。

そのことを浜田さんに聞けばよかった。「そのキャラクター、前と色が違いませんか」と。でも言えなかった。もし「え、最初から青ですよ」と言われたら、自分がおかしいことになる。そして何より、浜田さんの「少し違う感じ」が積み重なっていた私には、彼女に普通に話しかけることが、なぜかひどく怖かった。

それから一週間ほどして、部署の別の同僚と、たまたまランチに出る機会があった。同期の木村さんという、サバサバした性格の女性だ。話の流れで、なんとなく浜田さんの話になった。私はできるだけ軽いトーンで言った。

「最近、浜田さんって何か変わった感じしない?」

木村さんは少し首をかしげて、「そう? いつも通りじゃない」と言った。

「なんか雰囲気とか、話し方とか」

「うーん……別に気にしたことなかったな」

それだけだった。木村さんには何も引っかかっていない。私だけが、何かを感じていた。

その夜、家に帰ってからずっと考えた。私の記憶がおかしいのか。それとも、何かが本当に変わっているのか。

一つだけ、気になることがあった。

あの月曜日の前の週の金曜日、浜田さんは「少し体調が悪い」と言って、定時より早く帰っていた。それ自体は珍しいことで、私の知る限り彼女が早退したのはそのときが初めてだった。翌週の月曜日、彼女はいつも通り出社してきた。でも、あの微妙な違和感はそこから始まった。

そして、もう一つ。

その金曜日に浜田さんが帰ったあと、私は書類の整理をしていてふと彼女のデスクの方を見た。机の上は綺麗に片付いていたけれど、デスクマットの端に、小さな砂みたいなものが散らばっていた。白い、細かい粒。掃除が行き届いていない感じではなく、何かがそこで崩れたような、そういう散らばり方だった。翌週には消えていた。

私はその砂について今でも考える。あれは何だったのか。そして、あの早退した夜から月曜日の朝にかけて、浜田さんに何があったのか。

浜田さんは今でもその職場にいる。仕事はきちんとしているし、感じも悪くない。悪いところは何もない。でも私は結局、半年後に別の仕事を見つけて退職した。理由はいくつかあって、浜田さんのことだけが決め手だったわけじゃない。

ただ最後の日、浜田さんに挨拶したとき、彼女が「お世話になりました」と言って、私の目をまっすぐ見た。その目が、どうしようもなく、知らない人の目だと感じた。

責めているわけじゃない。ただ、あの目は、一年以上隣に座っていた浜田さんの目じゃなかった。

今でも、たまに思い出す。デスクの取っ手の、青いマスコットのことを。

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