隣の家の灯りが消えた日から

引っ越してきた町で、隣の家から毎晩漏れていたあの灯りが、ある朝を境に少しずつ消えていった。灯りと一緒に、何かが——あるいは誰かが——失われていたのかもしれない。

三年前の秋、私は仕事の都合でひとつの町に引っ越した。県と県のちょうど境目にある、地図で見ると名前もかすれてしまいそうな小さな町だ。駅からバスで二十分、そこからさらに坂を十分ほど歩いたところに、私が借りた一軒家はあった。築三十年は優に超えているらしいが、家賃が驚くほど安く、庭まで付いている。職場の同僚には「そんな辺鄙なところによく住めるね」と言われたけれど、当時の私は静かな場所を求めていたのだと思う。前の職場で色々あって、人と距離を置きたい時期だった。

隣の家は、道を挟んだ斜め向かいにあった。私の家から玄関を出ると正面やや右手に見える、二階建ての古い木造家屋だ。表札はついていたが、文字が薄れていて読めなかった。引っ越してきた最初の夜、荷解きを終えて一息ついた頃に気がついたのだけれど、その家の二階の窓から、柔らかいオレンジ色の灯りが漏れていた。豆電球か、あるいは小さなスタンドライトのような、主張しすぎない、でも確かにそこにある灯りだった。

最初は特に何も思わなかった。人が住んでいる家なのだから、夜に灯りがついていて当然だ。ただ、その灯りが妙に落ち着く色をしていて、私はときどき窓越しに眺めてしまっていた。忙しない一日を終えてリビングで茶を飲みながら、ふとあの灯りを確認するのが、いつの間にか習慣になっていた。

引っ越して一ヶ月ほど経った頃、町内会の集まりがあった。班長をしているという七十代の女性に声をかけてもらい、近所の人たちに挨拶をした。その席で、斜め向かいの家について少し聞いてみた。誰が住んでいるのか、気になっていたから。

班長の女性は少し間を置いてから、「ああ、あそこはね、おばあさんがひとりで住んでおいでよ。もう長いこと、ほとんど外に出てこられないけど」と教えてくれた。名前は聞かなかった。なんとなく、聞いてはいけないような気がしたのだ。理由は言えない。ただそう感じた。

それから私は、意識的ではないにせよ、あの灯りをより注意深く見るようになった。毎晩ついている。午後十時を過ぎても、日付が変わっても、あの二階の窓はほんのりと光っていた。老人の独り暮らしで、夜遅くまで起きているのかな、と思ったが、それ以上は考えなかった。

異変に気づいたのは、引っ越して三ヶ月目が過ぎた頃だった。

ある朝、目が覚めて何気なく窓の外を見たとき、斜め向かいの家の二階の窓が、いつもと違って見えた。灯りが消えている——それだけのことなのだが、なぜかひっかかった。朝だから当然かもしれない。でも私が起きる時間はだいたい六時半で、その頃にはもう外は明るいが、今まであの窓は朝でもうっすらと灯っていることが多かった。少なくとも、私にはそう見えていた。

その日はそのまま仕事に出かけ、帰宅したのが夜の八時過ぎ。坂を登りながら、いつものようにあの窓を確認した。灯りはついていた。よかった、と思った自分に少し驚いた。よかった、とはどういう意味だろう。別に心配するようなことは何もないはずなのに。

次に気になったのは、それから二週間ほどあとのことだ。残業で帰りが遅くなり、家に着いたのが夜の十一時を回っていた。坂を登りながら目を向けると、斜め向かいの家の窓は暗かった。さすがにこの時間なら消えていても不思議ではない。でも、なんとなく気になって、翌朝確認してみると、やはり灯りはついていなかった。

その日だけのことかもしれない。そう思っていた。

ところが翌々日も、その次の日も、灯りは戻ってこなかった。正確に言うと、完全に消えたわけではなく、つく日とつかない日がある、という状態になった。前は毎晩確実についていたのに、その頃から、灯りのある夜とない夜が、不規則に混在するようになったのだ。

私はそのことをメモし始めた。今思うと、なぜそんなことをしたのか自分でもよくわからない。ただ、何かが変わっているという感覚が拭えなくて、記録に残したくなった。手帳の端に、○か×かを書き続けた。○が灯りあり、×が灯りなし。最初の頃は○ばかりだったのが、少しずつ×の割合が増えていく。まるで、何かが薄れていくようだった。

一月ほどそれを続けたある日、買い物帰りに班長の女性と道で会った。世間話をしているうちに、私は何気なく聞いてしまった。「斜め向かいのお宅、最近どうされていますか」と。

女性はちょっと表情を曇らせて、「ああ……入院されたみたいよ。詳しくはわからないけどね」と言った。いつから、と聞くと、「先月くらいじゃないかしら」と言う。

先月。ちょうど灯りが不規則になり始めた頃だ。

偶然かもしれない。家主が入院すれば灯りが消えるのは当たり前で、むしろ不規則につく日があるほうが不思議なくらいだ。タイマー式の電球でもあるのかもしれない、防犯用に。そう自分に言い聞かせた。

でも、それからもう少しだけ様子を見ていた。そしてある夜、私は奇妙なものを目にした。

その日は仕事が早く終わり、夕方六時前に帰宅した。夕食の支度をしながらふと外を見ると、斜め向かいの家の前に、一台の軽自動車が止まっているのが見えた。しばらくすると、初めて見る若い男性が家から出てきて、段ボール箱をひとつ車のトランクに積んで、そのまま走り去っていった。

翌日も同じ時間帯に同じ車が来て、今度は男性とその連れと思しき女性が、段ボールをふたつ運び出した。その次の日も、また来た。荷物が少しずつ、外へ出ていく。

灯りが消えていく。荷物が減っていく。

その二つが、頭の中で重なった。

それからひと月ほどが経ったある朝、私は斜め向かいの家を見て、初めて声が出なかった。灯りが消えているどころか、玄関に南京錠がかかっていた。カーテンも外されていて、窓の内側が暗く、がらんどうになっているのが遠目にわかった。完全に、人が抜けた家の顔をしていた。

班長の女性に連絡を取ろうか迷ったが、できなかった。何を聞くつもりなのかわからなかったからだ。おばあさんが亡くなったのかもしれない。あるいは施設に移ったのかもしれない。それだけのことかもしれない。

でも私が引っかかっているのは、そこではなかった。

灯りが消えていく過程で、私が記録し続けた手帳を見直したとき、気づいたことがある。灯りがついていた最後の夜が、ちょうど私が「よかった」と思ったあの夜だったのだ。あの、残業帰りに窓の灯りを確認して、理由もわからず安堵した夜。

それ以降、灯りが戻ることは一度もなかった。

なぜその夜のことを鮮明に覚えているかというと、その日だけ、妙なことがあったからだ。家に入って玄関の鍵を閉めたとき、どこかで物音がした。家の中ではなく、外から——正確には、斜め向かいの方向から聞こえたような気がした。風の音かもしれない。ただ、その音はひどく人の声に似ていた。呼んでいるような、あるいは答えているような。

私は窓を開けなかった。開けられなかった。

今でも、夜になるとときどきあの窓の方を見てしまう。当然、もう何もない。暗いだけだ。でも、なぜかあの窓を見るたびに、あの柔らかいオレンジ色の灯りを思い出す。そして、自分でも気づかないうちに「よかった」と思っていたあの瞬間のことを。

誰かの存在を確かめるように、私はあの灯りを見ていた。そしてその灯りが消えたとき、何かがそれを知って——

それ以上は、考えないようにしている。

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