お盆の実家、影の記録

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お盆に帰省した実家で、庭の影の数がおかしい。写っているはずのものが、地面には落ちていない。そして同じ記録が、何十年も前から残されていた。

これは去年の夏の話だ。記録として残しておこうと思ってブログに書き始めたのに、書いているうちに怖くなって下書きのまま放置していた。でもいつまでも自分だけで抱えているのも限界だと思って、今こうして公開することにした。

私は当時、関東の賃貸で一人暮らしをしていた。実家は西のほうにある、山ひとつ越えた先の小さな町で、県境に近い盆地にある。父方の祖父母が建てた古い一軒家で、両親が今も住んでいる。木造の平屋で、築五十年以上になる。廊下を歩くとどこかしらで床が鳴る。夏は蚊帳を使っていた頃の名残なのか、各部屋の鴨居に古びたフックが残っている。そういう家だ。

お盆は毎年帰省していた。去年も例年通り、十三日の午前中に到着した。夏の盆地は湿気が重くて、駅を出た瞬間から汗が噴き出した。母が車で迎えに来てくれていて、「今年も暑いね」とか「お父さんはまだ仏壇の掃除してる」とか、他愛ない話をしながら実家に向かった。

家に着いて荷物を下ろして、ひとしきり父と話して、夕方になって縁側に出た。実家の裏手には小さな庭があって、父が長年手入れをしている。梅の木が一本と、沙羅の木が一本、それと低木の生け垣が続いている。縁側からその庭を眺めるのが、帰省したときの私のちょっとした習慣だった。

その夕方も、縁側に腰を下ろして庭を見ていた。西日が傾いて、梅の木と沙羅の木の影が地面に長く伸びていた。ぼんやりと眺めながら、ああやっぱり実家はいいなと思っていた。

そのときは、それだけだった。

異変に気づいたのは翌朝だ。

十四日の朝、私は習慣的に早く目が覚めた。六時ごろだったと思う。家の中はまだ静かで、父も母もまだ寝ていた。手持ち無沙汰で縁側に出て、庭を眺めた。夏の早朝の光は薄くて柔らかくて、気温もまだそれほど上がっていなかった。

庭には朝の光が斜めに差し込んでいた。梅の木の影が、地面に落ちていた。沙羅の木の影も、落ちていた。

ただ、何かが引っかかった。

私はしばらくその感覚を言語化できないまま、庭を見つめ続けた。梅の木がある。沙羅の木がある。生け垣がある。影がある。全部ある。なのに、何かが変だ。

しばらくして、気がついた。

影が、三つあった。

梅の木の影、沙羅の木の影、そしてもうひとつ、細長い影が地面に落ちていた。何の影かわからない細長いもの。庭のどこを見ても、その影の主になりそうなものがない。生け垣の影にしては位置がおかしい。方角も合っていない。

私はしばらく庭に出て、辺りを歩き回った。でもやはり、その影を落としているものが何なのかわからなかった。

気のせいだと思った。朝の光の加減で、何かがそう見えているだけだと思った。その日はそれで終わった。

翌朝、十五日。

またその影があった。

同じ場所に、同じ細長い影が落ちていた。今度は前日より少しだけはっきりしていた気がした。光の加減かもしれないが、輪郭がくっきりしていた。私はスマートフォンで写真を撮った。何の影だかわからないが、記録しておこうと思ったのだ。

父に聞いてみようかとも思ったが、なんとなく言いにくかった。こういうことを言い出すと、父は深刻に受け止めてしまうタイプなので、お盆の帰省中に場の空気を変えるのが申し訳なかった。

昼間、家族でお墓参りに行った。帰ってきて、仏壇の前で線香をあげた。夕方、盆踊りの音が遠くから聞こえた。夜、父と縁側でビールを飲んだ。庭は暗くて何も見えなかった。

翌朝、十六日。送り盆の日。

私は早朝に目が覚めて、今度はまっすぐ縁側に向かった。

影は、四つあった。

梅の木、沙羅の木、そして昨日と同じ細長いもの、それにもうひとつ、今度は丸みを帯びた形の影。人の頭のような丸さだった。どちらも、庭のどこを見てもそれを落とす実体がなかった。

私は縁側に立ったまま、しばらく動けなかった。

光の加減ではない。角度も確認した。生け垣の一部や、隣家の樹木が反射しているとか、そういう可能性も考えた。でも、丸い影の位置は、生け垣からも隣家からも遠すぎた。

写真を撮った。前日の写真と並べてみた。確かに増えていた。

気持ちが悪くなって、縁側から部屋に戻った。

その日の午後、私は東京に帰った。送り盆の夕方に出発するのは毎年のことだったし、もう一泊していく理由を自分の中で作れなかった。母は「もう帰るの」と言って惜しんでくれたが、私は笑ってごまかして駅に向かった。

東京に帰ってから、撮った写真を何度も見返した。三枚の写真がある。十五日の朝と、十六日の朝に撮ったもの。確かに影の数が違う。三つから四つになっている。

誰かに相談しようとも思ったが、何をどう話せばいいのかわからなかった。「庭の影が変だった」では伝わらない。でも、あの感覚を忘れることもできなかった。

それから二か月ほどして、私はある日ふと思い立って、実家の周辺の古い話や記録を調べ始めた。別に何かを期待していたわけではなく、気を紛らわせようとしたのかもしれない。地域の民俗誌や、市の図書館がウェブで公開している古い記録などを、片っ端から読んでいった。

そうして、ある記録を見つけた。

その地域の郷土史をまとめた書籍を、図書館がスキャンして公開していた。戦後まもない時期に地元の教員が独自にまとめたものらしく、その町の風習や地理、昔の出来事が手書きで記録されていた。

その中に、こんな一節があった。

「当地の一部においては、お盆の時期に庭の影の数が増えるという伝承がある。これを不吉の兆しと見る者もあり、古来よりその家では縁側に出ることを慎む風習があった。特に十六日の早朝は、見てはならぬと言い伝える家もある」

私は何度も読み返した。

その記録が書かれたのは、昭和二十年代だった。

さらに調べると、同じ地域について書かれた別の記録が出てきた。明治後期に書かれたとされる、寺の住職の日記の写しだった。その中にも、似たような記述があった。

「盆の頃、檀家のひとつより相談あり。庭に見覚えなき影のあることを怖れたるなり。昨年も同じことありたると言ふ。古老に聞けば、その家に代々起こることにて、騒ぐには及ばずと言ふ。されど影の主が何であるか、誰も答えぬ」

私は画面を閉じた。

「その家に代々起こること」という言葉が頭に残った。

私の実家は、父方の祖父母が建てた家だ。その土地は、もともと父方の家が代々持っていた。つまり、あの土地で何十年も、もしかすると何代も前から、お盆の朝の庭で同じことが起きていたかもしれない。

父は知っているのだろうか。それとも、知らないのだろうか。

私は電話しようか迷って、やめた。何をどう話せばいいかわからなかったし、父が「知っている」と答えたら、それはそれで怖かった。

あの丸い影は、何だったのか。

人の頭のような丸さ、と書いたが、今思えばそれは正確ではない。もう少し小さかった。子どもの頭くらいの大きさだったかもしれない。

でも、それ以上は考えたくなかった。

今年もお盆の時期が近づいている。帰省するかどうか、まだ決めていない。決められないでいる。

父母に何か聞ければよかったと思う。でも、もし父が「ああ、あれか」と普通に答えたら。あの影に、名前がついていたら。知ってしまったら、もう縁側に出られなくなる気がして、私はまだ聞けていない。

庭の梅の木は今年も実をつけたと、先月母から写真が届いた。

写真の中の庭は、明るい昼間で、影は木の根元に短く落ちていた。

数を、数えなかった。

数えなくていい。そう自分に言い聞かせている。

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