帰省のたびに少しずつ大きくなっていく、誰も植えた覚えのない一本の木。その根が伸びる先に、家族の誰も口にしなかったものがあった。
最初にその木に気づいたのは、三年ほど前の春のことだった。
就職を機に実家を出て、県をまたいだ場所でひとり暮らしをしていた私が、久しぶりに帰省したときのことだ。ゴールデンウィークに合わせて新幹線に乗り、地元の駅に降り立ったのが夕方近く。実家は駅から車で二十分ほど離れた、山裾の住宅地にある。父が迎えに来てくれた車の中で、たわいのない話をしながら帰った。特に変わったことは何もない、いつも通りの帰省のはじまりだった。
おかしいと思ったのは、翌朝だ。
縁側から庭に出ようとしたとき、庭の隅に見慣れない木が立っているのに気がついた。庭の北東の角、物置の脇のあたりだ。子どものころからあの角には何もなかったはずで、せいぜいおばあちゃんが昔育てていた紫陽花の株が一つ残っているくらいだった記憶がある。
その木は、細いけれど背丈は私の腰くらいまであって、葉の形が少し変わっていた。丸みのある葉が対になってついていて、全体的に暗い緑色をしている。名前のわからない木だった。
「あの木、いつ植えたの」と母に聞くと、母は首をかしげた。「植えてないよ。春先に気づいたら生えてたんだよね。雑草かと思ったんだけど、なんか抜くのも悪い気がして」と言って、それだけだった。
父に聞いても同じだった。「ああ、あれな。気がついたら出とったわ。まあ邪魔でもないからそのままにしとる」という返事で、あまり気にしている様子もなかった。
私もその時はそれほど深く考えなかった。鳥が種を運んでくることもあるし、実際そういうことは珍しくないと思っていた。ただ、あとから思い返すと、母の言葉がひっかかる。「抜くのも悪い気がして」という部分が。何か根拠があってそう言ったわけではなく、直感的にそう感じたということらしいのだが、それがのちのちじわじわと意味を持ってくる気がして、今でも時々思い出す。
その帰省はそれ以上何事もなく終わり、私は都市部の日常に戻った。
次に実家に帰ったのは、その年の秋だった。お盆を仕事で逃してしまったぶん、少し遅い帰省になった。
庭に出て、最初に視線が向いたのはやはりあの角だった。
木が、大きくなっていた。
半年前には腰の高さだったのに、今は私の肩くらいまである。幹も少し太くなっていて、根元のあたりには細い根がいくつか地面の表面に浮き出ていた。葉の色は以前より少し濃く、艶があるように見えた。
成長が早いとは思ったけれど、植物のことはよくわからないし、こういう種類なのかもしれないと自分に言い聞かせた。母もまた「元気に育ってるねえ」と笑って言うだけで、特に怖がっている様子もなかった。
ただ、その帰省のあいだに一つ気になることがあった。夜中に目が覚めて、トイレに行こうと廊下に出たとき、父が縁側に座っているのが見えたのだ。真夜中の一時過ぎだったと思う。灯りもつけずに、ただ庭の方を向いて座っていた。
「お父さん、どうしたの」と声をかけると、父は少し驚いた様子で振り返り、「ああ、眠れんくてな」とだけ言った。それ以上のことは聞けなかったし、父もそれ以上何も言わなかった。翌朝の朝食の席では普段通りで、昨夜のことには触れなかった。
私もあえて蒸し返さなかった。
次の帰省は、翌年の春だった。仕事の都合で少し遅くなり、五月の連休が終わったあとに日帰りで帰った。
庭に出た瞬間、息が止まりそうになった。
あの木が、私の身長をゆうに超えていた。一年半でこれだけ育つものなのか、にわかには信じられなかった。幹はもう細いとは言えない太さになっていて、根は地面の上に何本も這い出していた。葉は密で、その下の地面には日が当たらないのか、草も生えていなかった。
「ねえ、これって普通の成長速度じゃないよね」と母に言うと、母はしばらく黙ってから「そうかもねえ」と言った。笑わなかった。それが少し気になった。
「木の名前、調べた?」と続けると、「調べたんだけど、わからなくて」と言う。「葉っぱの写真を撮って検索したんだけど、似たような木が何種類か出てきて、でもどれもちょっと違うんだよね」
母がスマートフォンを持ってきて、検索履歴を見せてくれた。いくつかの樹木の名前が出てきていたが、確かにどれもあの木とは微妙に葉の形が異なるものばかりだった。
その日は長く実家にいられなかったが、帰る前に一度、木の前に立ってじっと見た。葉の裏に、小さな黒い点がいくつか並んでいるのに気がついた。虫食いか、それとも斑点か。規則的すぎて、少し不思議な感じがした。
その帰り道の新幹線の中で、私はぼんやりと考えていた。あの木は、いつから本当にそこにあるのだろうと。
実は一つ、ずっと気になっていることがあった。実家の庭の写真が何枚かスマートフォンに残っていて、二年ほど前に正月に帰ったときのものがあった。その写真の北東の角を確認したくて、旅の途中でアルバムを遡った。
写真は見つかった。ちょうど庭が写っているものが一枚ある。
北東の角には、何もなかった。
それ自体はおかしくない。木が生えたのは春先だと母が言っていたから、正月の写真には写っていなくて当然だ。
ただ、その写真をよく見ていて、私はある違和感に気がついた。
物置の脇の地面が、少し盛り上がっているように見えるのだ。土が、ほんの少しだけ。写真のことだからはっきりとはわからないし、光の当たり具合でそう見えるだけかもしれない。でも確かに、あの角の土だけが、周囲と質感が違って見えた。
私の祖父は、私が中学三年生のときに亡くなっている。長い入院生活の末に、実家で息を引き取った。当時の私は悲しかったけれど、子どもだったこともあって、死というものをまだどこか遠くに感じていた。
祖父はもともと植物が好きな人で、若いころは庭いじりをよくしていたと聞いている。私が小さいころには膝が悪くなっていてあまり動けなくなっていたが、縁側から庭を見ているのが好きだった。庭の北東の角を特によく眺めていた気がする。なぜあの角なのかは知らない。ただ、祖父がそちらをよく見ていたという記憶が、なぜか残っている。
昨年の秋に、私は妹に久しぶりに連絡を取った。妹は私より早く実家を出て、遠方に嫁いでいる。雑談の中で、何気なく庭の木の話をした。
妹はしばらく黙っていた。
「それ、実はお父さんから聞いたんだけど」と妹は言った。「おじいちゃんがね、生前にあの角に何か埋めたって話、聞いたことない?」
私は初めて聞く話だった。
妹によると、祖父は亡くなる少し前に父に何かを話していたらしいのだが、父はその内容を妹にもはっきりとは教えなかったそうだ。「大事なものを庭に戻した」というようなことを言っていた、と妹は聞いたらしい。それ以上の詳細は、父も語りたがらなかったという。
私はその話を聞いて、すぐに父に電話しようと思った。でも、結局かけなかった。
なぜかと言うと、うまく説明できないのだが、聞いてはいけないような気がしたからだ。答えを知ってしまったら何かが変わる、という直感的な感覚があった。
それが正しいのかどうかは今もわからない。
先月、また実家に帰った。木はさらに大きくなっていて、今では家の軒先に枝が届きそうなほどだった。根は庭の土の下にずいぶん広がっているようで、物置の脇のコンクリートの継ぎ目が一部持ち上がっていた。
母は「もう少し大きくなったら業者に頼んで切ってもらおうかな」と言った。
そのとき父が縁側から顔を出して、「そのままでいい」と言った。
珍しく、父が強い口調だった。母も何も言い返さなかった。
私もその場では何も言えなかった。
帰り際に庭をもう一度見た。木の幹に手を触れてみると、思ったより温かかった。日当たりのいい場所でもないのに、と思った。気のせいかもしれない。
でも、手を当てたまましばらくいると、根元の土が、かすかに動いているように感じた。呼吸しているような、ゆっくりとした動き。
気のせいだと思う。
ただ、あの木が何であるかということよりも、父がなぜ「そのままでいい」と言ったのかということが、今の私にはずっと引っかかっている。
父はあの木を、切ってほしくない。
それだけはわかった。理由は、まだ聞けていない。


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