一人暮らしの部屋で、毎朝、頼んだ覚えのない食べ物が冷蔵庫に増えていた。誰かが入ってくる形跡はなく、鍵は常に閉まっていた。
一人暮らしを始めてから三年になる。
県境に近い小さな町に、築三十年ほどの2DKのマンションを借りた。家賃が相場より少し安くて、駅から徒歩十二分、スーパーが近い。それだけの理由で選んだ部屋だった。前の入居者がどんな人だったかも、深く考えなかった。
最初におかしいと思ったのは、引っ越して二週間ほど経った、十一月の終わり頃だった。
朝、出かける前に冷蔵庫を開けたら、キャベツが半玉入っていた。
前日の夜に買い物をしていなかったし、キャベツなんて自分では買わない。鍋でも作るつもりだったっけ、と一瞬考えて、でも買った記憶が全くないのだ。捨てるのも勿体ないし、疲れていて記憶が飛んでいるだけかと思って、その日の夜に炒め物にして食べた。
それから四日ほどして、また何かが増えていた。
今度は納豆だった。三パック入りのやつが、冷蔵庫の野菜室に縦に突っ込んであった。私は納豆が苦手で、ほとんど食べない。家族が遊びに来た形跡もない。
気持ち悪いとは思ったけれど、スーパーのセルフレジで間違えて買ってしまったのかもしれない、と自分に言い聞かせた。引っ越したばかりで、まだ近所のスーパーのレイアウトに慣れていなかったのもあって、無意識にカゴに入れてしまうことくらいあるかもしれないと思った。その納豆は捨てた。
年が明けるまで、同じようなことが五回か六回あった。
たまご、ほうれん草、豆腐、牛乳の小さいやつ。どれも傷んでいるわけでもなく、普通に食べられる状態で、冷蔵庫のどこかに置かれていた。量が多いわけでも、派手な場所に置かれているわけでもない。気がついたら、そこにある。それだけだった。
この頃はまだ、自分が忘れているだけだと思えていた。仕事が忙しくて、帰宅してから記憶が曖昧になることもあったし、週末に疲れ果てて半分寝ながら買い物をすることもあった。不思議だとは思うけれど、心霊とか、誰かが侵入しているとか、そういうことまでは考えが及ばなかった。
転機になったのは、一月の下旬だった。
その日の朝、冷蔵庫を開けたら、見慣れない白いタッパーが入っていた。
蓋がきっちり閉まっていて、中に何かが入っている。私のタッパーではない。引っ越し祝いに友人からもらったものはオレンジ色で、それとは明らかに違う、薄くて四角い白いタッパーだった。
恐る恐る開けたら、きんぴらごぼうが入っていた。
手作りのような見た目で、ごぼうと人参が細く切ってあって、ちゃんと味がついていそうな色をしていた。においをかぐと、甘辛いしょうゆの香りがした。食べ物としておかしいわけじゃない。でも私には、全く身に覚えがなかった。
その瞬間、ようやく本当に怖くなった。
今まで増えていたものは、袋ごと、パックごと、未開封の状態で入っていた。でも今回は、誰かが作ったものが、誰かのタッパーに入って、冷蔵庫の中に置かれていた。これは買い忘れとか、記憶の混乱では説明できない。
その日は会社を休んで、部屋の鍵を全部確認した。玄関の鍵はオートロックで、鍵穴に傷もなかった。窓は全部、私が毎晩チェックしている通り、ちゃんと施錠されていた。不法侵入の形跡はどこにもない。大家さんに電話して、合鍵の管理について聞いたら、スペアは管理会社が一本だけ持っていて、入室するときは必ず事前に連絡するとのことだった。最近、無断で入ったことはないと言われた。
タッパーは捨てた。冷蔵庫をアルコールで拭いた。それから三日間、冷蔵庫の中に何か増えていないか確認し続けた。
何も起きなかった。
少し落ち着いてきた頃、友人に話した。
職場が同じ、同い年の子で、割と怖い話が好きな子だった。彼女は最初は笑っていたけれど、タッパーのきんぴらの話になったら急に真顔になって、「それ警察に言った方がいいんじゃない」と言った。私もそれは考えたけれど、証拠がなかった。捨ててしまったから、タッパーも何もない。鍵が開けられた形跡もない。何か食べ物が増えていましたと言っても、被害届を出せるかどうかわからなかった。
その友人が言ったことで、一つ気になることがあった。
「誰かがあなたの部屋に合鍵を持っていたとしたら、その人はずっと前から入れたはずよね。それなのにずっと食べ物を置いていくだけ、って変じゃない? 何か盗っていくわけでもなく、ただ食べ物を増やしていく理由って、なんだろう」
私はその言葉を聞いて、初めて別の方向から考えた。
侵入者が怖いとか、気味が悪いとか、そういう感情は当然あった。でも友人の言う通り、その誰かは、私から何も奪っていかなかった。むしろ食べ物を置いていった。それは何を意味するのか。
二月に入ってから、また増えた。
今度は大根だった。冷蔵庫の野菜室に、泥がまだ少しついた大根が一本、丁寧にラップで巻かれて入っていた。スーパーで売っているものとは違う、少し不格好な形をした大根だった。どこかで収穫した、家庭菜園か何かのものに見えた。
私はその大根をしばらく眺めて、食べた。
捨てる理由がなかった、というのもあるけれど、それより、もうあまり怖くなくなっていた自分がいた。ちゃんと新鮮で、煮たら甘くておいしかった。
この頃から、私は少しだけ発想を変えた。
前の入居者のことを調べてみようと思った。不動産会社に問い合わせたら、個人情報なので詳しいことは教えられないと言われたけれど、「長く住んでいた高齢の女性だった」とだけ聞いた。亡くなったわけではなく、施設に入ることになって退居したと言っていた。
高齢の女性。
私はなんとなく、冷蔵庫の中のものを思い出した。キャベツ、納豆、豆腐、たまご、ほうれん草。どれも、一人暮らしの高齢者がよく使いそうなものだった。きんぴらごぼうも、大根も。若い人が好んで選ぶものとは少し違う。
でも、それが何を意味するのか、私にはわからなかった。
前の住人の女性が、まだこの部屋に何かを置きに来ている? それは物理的に考えたら、鍵がないとできない。施設に入った人間がそんなことをするだろうか。それとも、物理的ではない何かが、この部屋に残っていて——。
そこまで考えて、私は自分で考えるのをやめた。
春になる頃には、冷蔵庫に何かが増えることはなくなっていた。
ぴたりと止まった。最後に増えたのが大根で、それ以降は何も置かれなかった。鍵を変えたわけでも、お祓いをしたわけでも、管理会社に特別な対応をしてもらったわけでもない。ただ、自然に止まった。
今もその部屋に住んでいる。
冷蔵庫を開けるたびに、毎朝少しだけ確認してしまう。今日は何かが増えていないか。中身が昨日と同じかどうか。その癖だけが残っている。
一つだけ、まだ気になっていることがある。
施設に入ったという前の住人の女性が、もしまだ生きているなら、今どこかで何を食べているのだろうかということ。そして、誰かが彼女の食事の心配をしているのだろうか、ということ。
考え過ぎだ、とわかってはいる。
でも冷蔵庫を開けるたびに、あの白いタッパーのきんぴらごぼうの甘辛いにおいを思い出す。それだけは、いまだによく覚えている。

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