引っ越して間もない一軒家で、毎朝ポストに届く郵便物には、家族の誰でもない名前が書かれていた。その名前を調べるたびに、私の記憶から何かが少しずつ消えていった。
あの家に越してきたのは、夫の転勤が決まった三月の終わりだった。
県境に近い小さな町で、山のほうから降りてくる風が冷たくて、桜がまだ咲いていなかった。不動産の担当者は愛想のいい人で、「静かないいところですよ」と何度も繰り返した。前の住人は高齢の女性で、施設に入ったために空いたのだと教えてくれた。築三十年の一戸建て。庭には大きな木が一本あって、それが気に入った。
引っ越し初日は段ボールを開けることに必死で、夜になっても半分も片付かなかった。夫はさっさと眠ってしまって、私だけが台所に座って缶コーヒーを飲んでいた。妙に静かな夜だと思った。前に住んでいたマンションは幹線道路沿いで、車の音が常に聞こえていたから、余計に耳の奥が痛いような感じがした。
翌朝、ポストを確認しに外へ出た。引っ越し前に転居届は出していたが、最初のうちは旧住所宛の郵便物が混じって届くこともある。そういうつもりで蓋を開けた。
中には一通の封書が入っていた。
差出人の欄を見たら、近くの市役所からのものらしかった。あて先の名前が書いてある。筆記体ではなく、印刷されたフォントで。
でも、そこに書いてあった名前は私たちのものではなかった。
「小沢ふみ子」
私の名前でも、夫の名前でも、もちろん旧住所で使っていた名前でもなかった。前の住人の方だろうと思った。施設に入ったと聞いていたから、住所変更の手続きがまだ済んでいないのかもしれない。封書を持って家に入り、不動産屋に連絡しておこうとテーブルの上に置いた。そのまま夫を起こして、引っ越しの続きに取り掛かった。
三日ほどして、また同じ名前の郵便物が届いた。
今度は広告のような薄い封筒で、差出人は通販の会社だった。「小沢ふみ子 様」という文字が、宛先の欄にはっきりと書いてある。不動産屋へ電話して事情を話すと、「前の入居者への転送漏れです、こちらで対応します」と言われた。わかりました、と答えて電話を切った。
それで解決した、と思っていた。
ところが一週間後、また届いた。今度は手書きだった。
便箋を入れたような厚みがあって、差出人の名前は書いていない。消印は押されているから郵便で来たのは間違いない。表の宛名には「小沢ふみ子 様」と、丁寧な筆跡で書いてある。私はそれを裏返したり光に透かしたりしてみたが、もちろん何もわからなかった。不動産屋に預けるために、また台所のテーブルに置いた。
この頃から、私の日常に小さな翳りが差し始めた。
「小沢ふみ子」という名前が、妙に頭から離れなくなったのだ。別に怖いわけではない。ただ、その四文字が脳の少し奥のほうにひっかかっている感じが続いた。夕飯の支度をしていても、窓から庭の木を眺めていても、ふとその名前が浮かぶ。不思議なことに、夢に見ることはなかった。夢の中には一度も出てこないのに、起きているときだけ、静かにそこにいる。
ある日の午後、私はスマートフォンでその名前を検索してみた。
ありふれた名前だから何万件も出るだろうと思っていたら、それほど多くはなかった。そのなかに、地元のコミュニティサイトへの書き込みが一件あった。書き込みの日付はもう五年以上前で、内容は近所の子どもの迷子情報だった。書き込んだのが「小沢ふみ子」という名前のアカウントで、この町の名前が書いてあった。
それだけで、何もわかりやしない。でも私はその画面をしばらく見つめていた。
翌朝、またポストに封筒が入っていた。
その日は夫が早くに出かけていて、私一人で開けた。差出人不明、手書きの宛名、「小沢ふみ子 様」。先週来た封筒とほとんど同じ見た目だった。筆跡も似ている気がした。でも確認のしようがない。
私は不動産屋への連絡をしながら、ふとあることに気がついた。
前の週に不動産屋に預けたはずの封筒が、台所のテーブルに残っていた。
渡し忘れたのかと思って確認しようとした。でも、渡しに行った記憶が、どこにもなかった。電話で連絡したのは覚えている。でも、実際に持って行ったかどうか、思い出せない。テーブルの上を見ると、二通並んでいた。先週のものと、今朝のもの。
そのとき初めて、少しだけ嫌な感じがした。
夫に聞いてみた。「あの封筒、不動産屋に持って行ったっけ」と。夫は少し考えてから、「行ったんじゃないの」と言った。確信はないようだった。私も確信がなかった。だから二人とも、そのまま流した。
それから三週間ほどの間に、合計で七通届いた。
手書きのもの、印刷のもの、差出人があるもの、ないもの。ばらばらだったが、宛名はすべて「小沢ふみ子 様」だった。私はそのうちの何通かを不動産屋に渡したはずだった。でも記憶が曖昧で、渡した通数も、いつ渡したかも、だんだんぼやけてきた。
そして気づいたら、手元に一通も残っていなかった。
テーブルの上は空っぽで、引き出しにも何もなかった。全部渡したのか、捨てたのか、それとも最初からなかったのか。確かめようとすればするほど、記憶の輪郭がにじんでいく。
不動産屋に「これまで預けた郵便物はどうなりましたか」と聞いたら、「一通もお預かりしていません」と言われた。
妙な話だと思った。でも怒る気にもなれなくて、電話を切った。
その頃から、私は日付を記録するようになった。手帳に「〇月〇日、届いた」と書き残しておけば、記憶が曖昧になっても確認できる。そう思って、几帳面につけるようにした。
ところが手帳を見返したとき、書いてある日付がひとつ足りなかった。
確かに届いた日があった。夫が休みで、二人で朝食を食べていて、食後にポストを見に行った日。その日のことは夫も覚えていた。「あの日も来てたよな」と聞いたら「来てた」と言った。なのに手帳にはその日の記録がなかった。
書き忘れたのかもしれない。そうなのかもしれない。でも私は、その日の朝、手帳を開いて書いた感触を、はっきり覚えていた。ページをめくったときの感触まで。
それが消えていた。
夫に手帳を見せると、「書いてないじゃないか」と言った。「書き忘れたんじゃないの」と。でもその言い方が、なんだかとても遠い場所から聞こえてくるような気がした。
春が深くなって、庭の木に新しい葉が出てきた頃、郵便物は来なくなった。
ある日突然、ぱたりと止まった。それまで不規則に届いていたのが、嘘みたいに来なくなった。夫は「ようやく整理されたんじゃないか」と言って、それ以上は気にしなかった。
でも私は、どこかで引っかかっていた。
郵便が来なくなったことではなく、別のことが。
何かを失くしたような感じ、とでも言えばいいか。物ではなくて、記憶の一部、あるいは何か別のものが、静かにどこかへ行ってしまったような、そういう感覚がずっとあった。
「小沢ふみ子」という名前を、私はまだ覚えている。それは確かだ。でも、その名前に最初に気づいたとき、私がどんな気持ちだったか、それがもう思い出せない。封筒の文字を読んだとき、私は何を感じたのか。驚いたのか、それとも何か別のものを感じたのか。
封筒の手触りも、消えかけている。
昨年の秋、私は旧住所の近くに用事があって、立ち寄った際にかつてのマンションの前を通った。自分でも無意識に足が向いていた。別段意味はない。ただ通り過ぎただけだ。
その帰り道、なぜか「小沢ふみ子」という名前が頭の中に戻ってきた。
ずっとそこにいたのに、忘れていたかのように。急に鮮明に。
家に帰って、手帳を開いた。郵便物が届いていた頃のページ。でも私が書き残した記録は、気がついたら五件しかなかった。七通届いたはずなのに。
いや、本当に七通だったのか。
自分の記憶がもう、信用できない。
あの町の、あの家の、あの庭の木の下に、今も何かが残っているような気がする。でも何が残っているのか、私にはわからない。もしかしたら最初から、何もなかったのかもしれない。
「小沢ふみ子」が誰だったのか、私は一度も調べきれなかった。施設に入ったという説明を、私はそのまま信じた。信じることしかできなかった。
ただ、手書きの封筒を書いていた人物だけが、どうしても気になる。施設に入った老女に、誰かが手紙を出し続けていた。宛先はあの家で、でもあの家にはもうその人はいなかった。
それだけのことかもしれない。それだけのことなのに、なぜ私の記憶はこんなにも削れていくのか。
あの家を出てから、もう一年以上が経つ。
夫に当時の話をしても、「そんなに届いてたっけ」と言われた。二人の記憶がもう、合わない。
ただ一つ確かなのは、今でも私が「小沢ふみ子」という名前を覚えているということ。それだけが消えずに残っている。
他のすべてが薄れていく中で、その名前だけが、静かにそこにある。

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