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毎晩、誰かが窓の外を数えていた部屋の話 | 不可解ノート

毎晩、誰かが窓の外を数えていた部屋の話

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引っ越して三週間目から、窓の外で何かを数える声がするようになった。最初は空耳だと思っていたのに、気がつけばその声は部屋の中に入り込んでいた。

俺がその部屋に越してきたのは、ちょうど秋が深くなり始めた頃だった。

仕事の都合で県境の町に異動になって、急いで物件を探したせいで、内見もそこそこに決めてしまった部屋だった。三階建てのアパートの二階。築十五年くらいで、特別きれいでも汚くもない。窓が多くて風通しがいい、というのだけが不動産屋の口から出た褒め言葉だったが、確かに採光はよかった。駅から歩いて二十分、近所にコンビニが一軒だけある、静かな住宅地。それで俺は決めた。

越してきた最初の一週間は、荷ほどきに追われて他のことを考える余裕がなかった。ダンボールを崩して、家具を並べて、必要なものだけを取り出して、それの繰り返し。仕事もすぐに始まったから、夜は疲れて倒れるように寝た。

不思議なことに気がついたのは、越してから三週間ほど経った夜だった。

夜中の二時か三時頃、トイレに起きた。用を済ませて布団に戻ろうとしたとき、窓の外から音が聞こえた。

声、だった。

低くはないが、大きくもない。何かを言っている。最初は独り言をしながら歩いている酔っ払いかと思った。でも足音がない。それに声が移動しない。同じ場所から、同じ調子で、ずっと同じことを言い続けている。

聞き取ろうとして、俺は少し窓に近づいた。

「……ひとつ、ふたつ、みっつ……」

数えていた。

何かを、ただ数えていた。

窓の外を見ると、アパートの裏手に面した細い路地があった。外灯がひとつあるだけで、暗い。人影は見えなかった。声はそのあたりから聞こえているように思えたが、はっきりしない。十秒ほど待っていると、声は止まった。

空耳だと思った。半分寝ていたんだろうと思った。布団に戻って、すぐに眠った。

次に気になったのは、それから四日後だった。

やはり夜中の、おそらく同じくらいの時間。今度はトイレに起きたわけじゃなく、なんとなく目が覚めた。部屋が静かすぎる感じがして、それで目が覚めた、というのが正確かもしれない。

また聞こえた。

「……ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ……」

今度は少し長く続いた。やっぱり移動しない声で、やっぱり何かを数えている。俺は今度は起き上がって窓まで行き、カーテンを少し開けて外を覗いた。

誰もいなかった。

外灯の灯りが路地を薄く照らしていて、猫一匹いない。声だけがある。俺は少しの間そこに立っていたが、声は七つか八つまで数えたところで、ふっと消えた。

そのあとは静かだった。俺は布団に戻ったが、なかなか眠れなかった。

翌日、職場の同僚に話してみた。県境の町に長く住んでいる人間ならば、何か知っているかもしれないと思って。でも「変な人でもいるんじゃないですか」と笑われて終わった。それもそうかと思って、俺もそれ以上は考えないようにした。

ところが、その翌週から、声の頻度が増えた。

最初は四日に一度くらいだったのが、二日に一度になり、気がつくと毎晩のように聞こえるようになっていた。いつも夜中の同じくらいの時間帯で、いつも窓の外の路地のあたりから。数える声。低くも高くもない、性別がよくわからない声。

俺は一度、録音しようと思ってスマートフォンのボイスメモを起動したまま枕元に置いて寝た。翌朝確認すると、夜中の二時二十分あたりに何かが録れていた。

再生すると、部屋の環境音の中に、かすかに声が混じっていた。

「……みっつ、よっつ、いつつ……」

やはり数える声だった。スマートフォン越しに聞くと、声はかなり小さく、聞き取るのがやっとだった。でも確実に録れていた。空耳じゃなかった。

俺はその録音を何度か聞いた。聞いているうちに、ひとつ気になることがあった。

声は、毎回同じところで止まっていないような気がした。

最初に気づいた夜は三つか四つで止まった。次は七つか八つ。それ以降は寝ぼけていて正確に覚えていなかったが、録音を聞く限り、その夜は五つで止まっていた。毎回少しずつ数が違う。増えたり、減ったり。それが何を意味するのか、俺にはわからなかった。

その頃から、俺は声を意識して数えるようにした。

眠れない夜に、カーテンの隙間から外を見ながら、声が何まで数えるかを数える。そういう奇妙な夜が続いた。

ある夜、声はいつもより長く続いた。

「……ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ、むっつ、ななつ、やっつ、ここのつ……」

九つまで数えた。そこで止まった。

俺は窓の外を見ていた。路地に人影はない。声だけが確かにあって、そして九つで消えた。

そのとき、初めて気がついた。

声が、近い。

最初に聞いた頃と比べて、明らかに近い。路地の向こうから聞こえていたはずの声が、今夜はもっと近くに、まるで窓のすぐ外にいるように聞こえた。

俺は背筋に冷たいものが走るのを感じながら、カーテンを全部閉めた。

翌朝、アパートの管理会社に電話した。夜中に声がする、と伝えると、相手は少し黙ってから「近隣住民の方から苦情は来ていませんが、確認してみます」と言った。でも、それきりだった。何も連絡は来なかった。

俺はその週末、日中に路地を歩いてみた。昼間に見ると、ただの細い路地だった。アパートの裏手から続いて、少し先で行き止まりになっている。特に変わったものはない。でも、行き止まりのところに、低い石の囲いがあった。何かを囲んでいたか、あるいはただの境界のようなものか、わからない。石は古くて、苔が生えていた。

俺は特に意味を見出せないまま戻った。

その夜も、声は来た。

「……ひとつ、ふたつ……」

二つで止まった。

短かった。でも、近かった。今度ははっきりと、窓のすぐ外から聞こえた。俺は布団の中で動けなかった。声は二度同じことを繰り返して、それから消えた。

翌朝、起きてすぐに部屋の中を確認した。何も変わっていない。鍵もかかっている。でもなぜか、玄関の靴が少しだけ向きを変えているような気がした。俺が脱いだままの向きじゃない。気のせいかもしれない。でも気になった。

その日から、俺は声について調べるのをやめた。

意識すればするほど近くなる気がして、それが怖かった。考えるのをやめて、聞こえても聞こえないふりをして、とにかく普通に過ごした。

そうやって二週間くらい過ごした。声は相変わらずあった。でも意識しないでいると、少しだけ遠くに聞こえた。それが救いだった。

転機になったのは、ある夜、部屋の中で声が聞こえたときだった。

窓の外じゃなく、部屋の中から。

俺は起きていた。電気もついていた。テレビの音もしていた。それでも確かに聞こえた。声は部屋の中の、どこかから聞こえた。角の方、俺の背中側。

「……みっつ……」

それだけだった。

俺は振り返れなかった。

テレビの音を上げた。それでも聞こえた気がした。俺はその夜、電気をつけたままテレビをつけたまま眠った。朝になって、ようやく振り返った。そこには壁しかなかった。当然だ。

俺は引っ越しを決めた。

次の物件を探して、翌月には出ていった。荷物をまとめるとき、壁の角の方に何かが落ちているのを見つけた。小さな紙切れだった。汚れていて、どこから来たのかわからない。拾い上げて広げると、数字が書いてあった。

鉛筆で書いたような薄い文字で、一から順に数字が並んでいた。

途中まで。

十の手前で、切れていた。

俺はその紙を捨てた。捨てて、部屋を出た。

新しい部屋に越してきて、もう半年以上になる。あの声は聞こえない。聞こえなくなって、やっと気がついたことがある。

あの声が何を数えていたのか、俺にはわからない。でも、外から聞こえていた声が、最後には部屋の中から聞こえた。それだけは確かだ。

俺は今でもたまに、夜中に目が覚めることがある。

起きて、静かな部屋の中で、耳をすます。

何も聞こえない。何も聞こえないのを確認して、また眠る。

ただ、それだけが今も続いている。

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